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トラベルライターによるホットな現地情報
<No.5>アフリカ・チュニジア


チュニジアの蜃気楼

  水と緑が豊かな国土に住んでいる日本人にとって、砂漠は時としてロマンさえ感じさせる未知の世界である。北アフリカのチュニジアでそんな砂漠の旅をした。じりじりと大地を焦げ尽くすように容赦なく照りつける太陽と広大無辺に広がる褐色の世界。余りにも異質な世界に一時身をおいてぼーとして地平線を眺めていたら、蜃気楼があらわれてきた。 砂漠の旅は、われわれ日本人にとってやっぱり強烈だ。

井上理江 (トラベルライター)


白く乾いた大地に果てしなく伸びる道路。
残念ながら蜃気楼をカメラでとらえることはできなかった
シュール画のような蜃気楼

 砂漠ではよく蜃気楼が出現するというのは幼い頃に読んだ絵本を通して知っていた。ヤシの木が集まるオアシスやラクダの隊列などが、幻のように地平線に浮かぶさし絵が描かれていて、子供心に何ともロマンティックだと思ったのを覚えている。その後、私は旅行ライターとして仕事をするようになり、いろいろな国を訪れるようになったが、今まで実際に蜃気楼を見たことはなかった。
 はじめてそれを目にしたのは先日訪れた北アフリカにあるチュニジアという国でのことだった。この国の大使館が主催したプレスツアーに参加し、さまざまな媒体のライターやカメラマンと一緒にこの国を回ったのだ。この国の北部は地中海に面しているため、イタリア南部やギリシアなどと似た気候でオリーブや麦、ブドウ畑が多いが、南に向かって車で走ると段々と緑が少なくなり、風景は単調になっていく。やがてサハラ砂漠の北端にたどりつくのだが、そこへ向かう途中に一面平坦な大地が茫漠と広がっている。この一帯はもともと塩湖で、乾季は水が干上がり、塩をふいた土地が出現するのだ。
 私たちが2台の4WDに分乗して、草も生えない白茶けた大地をひたすら南に向かっていた時だった。ふと車内の誰かが「あれ?何だ?」と声をあげた。指で示された方向を見ると、地平線の上に墨で描いたように黒々とした不気味な4つの玉が横に連なり、その隣には一本の太い線が地平線に平行して横に長く伸びている。それらはまるでアラビア文字の出来損ないのようで、何もないだだっ広い大地に浮かんでいる光景は、カンディンスキーやミロの抽象画のようでなんともシュールだった。

蜃気楼の見分け方
ところどころに残った塩湖の水たまり。周囲は白い塩で
覆われている。澄んだアクアグリーンの水が美しい

 チュニジアはSF映画のロケも多く、「Xファイル」や「スターウォーズ」などもこの国の砂漠で撮影されている。私は本物のUFOが出現したのでは?と一瞬本気で思ったのだが、同行していた現地のガイドは「あれは蜃気楼です」とあっさり断言した。「蜃気楼って、本物みたいなラクダや街が見えるんじゃないの?」と私が聞くと、そういう蜃気楼もあるが、遠くの風景がデフォルメされて、このように奇妙な形になる場合もよくあるそうだ。蜃気楼に対して、ロマンティックで幻想的なイメージを抱き続けていた私はちょっと拍子抜けした。
 「今見ているものが蜃気楼かどうか、見分ける方法を教えましょう」。
 車を降りて珍しそうに蜃気楼を眺める私たちに、ガイドはそう言ってすっとその場にしゃがみこんだ。同じようにしゃがんでみると、奇妙な黒い記号は魔法のようにすうっと消えた。そして立ち上がるとさっきと同じように浮かんでいる。
 蜃気楼が浮かぶ地平線と同じ高さに目線を下げてもまだ見えていれば本物、それで消えれば蜃気楼とわかるそうだ。私はそれが面白く、屈伸運動のように何度も立ったりしゃがんだりを繰り返                             した。

ローズ・ド・サブル(砂のバラ)。このあた
りでとれる砂の結晶だ。よく道路沿いの
土産物屋に積み上げられ、売られている
そしてまた蜃気楼は忽然と消えた

 昔この土地を旅していた人々も、今の私たちと同じように今見えているものが本物かどうか、しゃがんで試していたんだろうなと思った。もっとも当時
の人々にとっては命にかかわる問題で、蜃気楼を本物のオアシスや街と錯覚してしまったら、迷って行き倒れてしまうからもっと切実だっただろうが。
 再び車が走り出しても、その蜃気楼は私たちの車についてくるかのようにしばらく地平線に浮かんでいた。相変わらず不気味ではあったが、どこか愛嬌も感じられ、いつの間にか忽然と消えてしまった時は、ちょっと残念な気さえしたものだ。蜃気楼を見ることができたのはそれが最初で最後で、その後に見ることはなかった。
 ひょっとしたら、あれはやっばり「砂漠にようこそ」などと書かれた謎の言語だったのかもしれないと思ったりしている。

 





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