モノから心ではなく「行動の豊かさ」を

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今井 通子医師で登山家の
今井 通子 さん

1964年に女性パーティによる遠征隊長として始めてマッターホルン北壁登頂に成功、世界の山男たちの度肝を抜いたと思ったら、立て続けにアイガー北壁、グランドジュラス北壁を征服、女性として初の欧州三大北壁完登者として「ミチコ」の名は不動のものとなった。以来すでに四半世紀が過ぎた。

が、今もってというか、最近は更に輪をかけて忙しさが倍加した。
登山家でありエッセイストであり、今もって母校・女子医大で患者の往診に当たる医師でもある。二つの会社を経営して、夏はヨーロッパ、冬はネパールという定型パターンに加え、最近はコスタリカや南米、アフリカ、北欧なども加わり旅行講師として日本を留守にすること益々多くなった。

その超多忙人間・今井道子さんを東京・世田谷のオフィスに押しかけての無理矢理インタビューである。
「日本人はもはや宇宙人ね。コンピュータもいいけど考えてばかりいて行動しなくなった。マニュアル至上主義がはびこり判断も創造もしなくなった。創造される、創られる宇宙人よ。いや、もしかすると家畜かも知れないわね。折角お金を貯め込んだと思ったら今度は外国から格好の餌食になって食べられる側になった。規制緩和で外国企業がおいしくなった日本の市場を狙っている。檻の中でじっとしていれば家畜は家畜の快適さがあるのかも知れないけれどね、、、。 ETC.ETC.」
開口一番、変化球をまじえた豪速球が矢継ぎ早に投げ込まれてきた。幾たびか生死をかけ大自然の中での人間の営みとは何かを問いかけ実践してきた者のみが知る、骨太な「ミチコ」語録である。

「みんなモノから心の時代だというけどそれは違う。行動の豊かさなのよ。人間は動物なんだから行動することが本性で自然。現代の日本人は余りにも便利で恵まれた環境の中にいるため、ともすると情報とりのための情報使いになってしまっているけど、パソコンもインターネットもすべて行動を起こすための手段に過ぎない」。

「ただ、嘆いていても仕様がないから私としてはどんな手段を講じても自然界に引っぱり出したい。この間も穂高のCR-ROMを出版、その記者会見で『自然派の今井さんが何故現代テクノロジーの最先端をゆく電子媒体なのか』と質問されたけど、放っておいても学習しない日本人に穂高の自然の素晴らしさを分かってもらい、それが行動に移されればそれはひとつの成果だと思う。インターネットも同じ」。自然との関わりの中で、人間が本来の人間としての生き方をどう取り戻すか--今井さんの基本的なテーマにかける情熱は中途半端ではない。
いま地球はいたるところで環境問題に苦しんでいる。もちろん今井さんもエコツーリズムの重要性を訴える我が国の第一人者の一人だ。

今井 通子 「やがて人類も地球も自らの生命を閉じるときが来るかも知れないし、地球の温暖化によって極地の氷が融ければ陸地の相当部分が海底に沈んでしまうというけど、そんなことが起こる前にすでに至るところで異常気象や地表の破壊が始まっている。ネパールで竜巻や雹が降り、ヨーロッパ・アルプスでは崩落現象が起きて山が山でなくなる日がくると学者たちが真剣になって心配している。この間、何年かぶりに北欧の氷河地帯に旅したけどすでに氷河は枯れて地表がむき出しになっていた。海はまだしも陸は早くしないと、原型を留めることができなくなってしまう」

「その点、ヨーロッパはエコロジーやエコツーリズムというものについて遙かに日本の先を行っている。かつてアイガー北壁登頂の時、山頂で使ったバケツをゴミとして棄ててゆこうとしたら、地元の人に諫められた。もちろん、今のようなエコツーリズムの立場ではなく、もって帰れば中古品として次の人が使えるし、ゴミを回収する人の手間も省けるから、作る人の労力を考えると3人分の時間が節約できるという考えだった。大量生産大量消費のアメリカやそのコピー版である日本とは対局にある考え方なのね」だからヨーロッパの生活やものの考え方に学ぶ点は多い、とも強調する。

「この夏、ヨーロッパであるパーティにこの何の変哲もない麻の洋服を着ていったら、みんなが『ミチコいいものもの着ているね』と褒められ触りにきた。口先だけでなく本当に行動するというのはどういうことかヨーロッパの上流階級、というか知識階級は実にしっかりとみている」

地球温暖化の原因である炭酸ガスの増大が世界的な問題になっているが、そのCO2を炭素にして固定化したのが麻や綿の自然繊維。日本人が夢中になっているブランドものには目もくれず、環境保全に自ら如何に具体的な行動をしているかが、評価の対象になっているという。
エコツーリズムという言葉が生まれる前から今井さんは自然界に身を委ねることの重要性を提唱、自らツアーを企画し講師役として幾多のツアーにも同行してきた。

書籍 「私が若い時は同年代の若者、そして充電期のヤングOLや定年間近の熟年夫婦が続き、最近では年配者とそのサポーターとしての娘さんや、おじいさんとお孫さんの隔世代などが目立ってきた。高齢化社会の到来で高齢者対策が問題になっているけど、ツアーに出ると意外と元気なのが高齢者。若い方たちは汚いとか不便とか文句を言っているけど、最後には次は友達同士で来ようなどと話し合っている。一度本物の自然に触れ適切なガイダンスがあれば、自然に身を委ねることがどんなに楽しいことなのか、理解できる証拠でもあると思う」

本業がお医者さんでもあるだけに、トレッキングツアーひとつとっても低所から中所、そして高所へとどう身体を適応させながらベストな状態で自然を楽しむかなど、随所に細かな工夫が施される。それが、今井さんの企画するツアーの人気ともなっている。スイス・アルプス、ネパール・ヒマラヤ、アフリカ、中南米諸国と地球上の全てが活躍の舞台でもある。

今年の1月出版した「コスタリカ--緑深き遊学行」は、今井さんが「ピカ一のエコツアー・デスディネーション」という中米のコスタリカを紹介したものだ。
「旅行業者の代表が現地視察をして何も売るものがないのに困惑していた」というエピソードを持ち出したら、「それは旅行会社としての資格がないも同然」という厳しい答えがはねかえってきた。

「プロは一般の人の先を行き、是非見たり体験してほしいものを探り出しツアーとして提案するのが大きな役割」という。類似ツアーで価格だけを競い合う旅行会社にとっては痛い指摘である。
研究の時期から実践へ--エコツーリズムもどうやら行動の時期に来たようだ。そうでなければ、日本人はコンピュータの前に座り続ける本物の宇宙人になってしまうのかも知れない。

(構成:高梨 洋一郎)


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