このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - ブダペストで受け継がれる建築美 パーリズィ・ウドゥヴァル Párizsi udvar – 類稀なる美しさに訪れた者は息を呑む -
Share on Facebook
Post to Google Buzz
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip
Share on FriendFeed


top_main-image02



 その建物は地下鉄B線のフェレツィエークテール駅前にあった。気が付いたのは2001年のこと。コシュート・ラヨシ通りに古びてはいるが美しい館が目に留まる。入口の扉が半分開いていたので中をのぞくと吹き抜けの通路になっていた。入ってその美しさに驚く。数軒の店と小さなレストランがあったが客は見当たらず、閑散としていた。こんな美しい建物が何故注目されないのだろう。パーリズィ・ウドヴァルという名前だった。ウドヴァルとは建物で囲まれた中庭のこと。パーリズィはパリだが由来は判らない。それ以来、ブダペストに来ると少し遠回りをしてもここを訪れ、ガラス天井を眺めながら薄暗いパサージュを通り抜けた。

 ある時、建物が囲まれて立ち入り禁止になっていた。最近になってここがホテルになったこと、レストランも新しくなったことを知る。建物のことを調べてみると、名前の由来が判った。このパサージュ、実は2代目。19世紀前半に建てられたパサージュが老朽化し、建て替えられて20世紀初頭に生まれ変わったものだった。



Parisi-Udvar-Hotel-Exterior

社会主義時代を生き延びて5つ星ホテルに生まれ変わったパーリズィ・ウドゥヴァル
Credit: Párisi Udvar Hotel Budapest




初代パサージュの名前が受け継がれる

 19世紀前半、ハンガリー国立博物館を手掛けたミハーイ・ポラックは商業ビル建設の依頼を受ける。場所はペスト地区のエルジェーベト橋近く。ポラックは、19世紀初頭に完成したパリのパサージュ・デ・パノラマを参考にする。それは建物と建物の間に屋根を付けてショッピングアーケードにしたものだったが、ポラックは建物の中庭にガラス屋根を付けて通路を造った。1817年に完成し、パーリズィ・ウドヴァル(パリの中庭)と名付けられた。ハンガリーはその50年後にオーストリアと二重帝国になり、大規模な都市改造が行われる。19世紀末、既に70年以上経過して老朽化したパーリズィ・ウドヴァルは部分的に取り壊され、20世紀になって完全に解体されてしまった。



中央ホールのガラス天井

中央ホールのガラス天井




 直ぐにパサージュの再建が始まる。手掛けたのはヘンリック・シュマールというドイツ人建築家で、彼はハンガリーの名建築家ミクラーシ・イブルに師事し、ブダペスト国立歌劇場の手伝いもしている。シュマールは外壁に南ハンガリーにあるジョルナイ社の壁材を、内部の床や壁にドイツのヴィレロイ&ボッホ社のタイルを使った。1909年、ネオゴシックとアール・ヌーヴォー様式を取り混ぜた新たな建物が完成する。1階は銀行、2階はオフィス、上階は賃貸住宅で、建物の名前はそのまま受け継がれた。 
  


社会主義時代を生き延びて5つ星ホテルに

 第二次世界大戦後、建物は国有化される。補修工事は行われず、社会主義のもとで華やかさは失われていった。吹き抜け天井の明りとわずかな電灯だけの通路は暗く、陰鬱な感じだった。ベルリンの壁が崩壊して政権が変わるとパーリズィ・ウドヴァルを出ていく店が増えた。壁崩壊から10年以上経過し、2000年代に建物の売却が試みられる。何度も途中で白紙に戻され、先へ進まなかったが2014年、ようやく外国の投資家によって建物が購入された。ホテルになることが決まり、2016年から改築工事が始まる。多くの課題を乗り越えて2019年の秋、5つ星ホテルが誕生し、1階はホテルのレストランに生まれ変わった。



1階レストラン

ホテルのレストランに生まれ変わった1階部分
左端にかつての電話ボックスが




レストラン・パーリズィ・パッサージ Párisi Passage

 コロナ禍以来4年ぶりに訪れるブダペストだった。フェレツィエークテール広場から眺める建物は、外壁が綺麗になったが基本的に変わりない。そ~っといつもの扉を開けると、なんと、そこはホテルのロビーになっていた。その奥はレストラン。通路だった所にテーブルが置かれ、通り抜けできなくなっている。

 満面の笑みを浮かべた女性スタッフに迎えられ、席に案内される。3品コース料理を頼むとソムリエがやってきて料理のワインを選んでくれた。まずは食前酒にスパークリングの白ワイン。生産地はショムローとのこと。爽やかで体が目覚めてくるようだ。



通路だった部分

通路だった部分にはテーブルが置かれ、通り抜けできなくなっている




 前菜はホルトバージ・パラチンタ。パプリカチキンをほぐして柔らかく煮込んだものをクレープ生地で包み、パプリカソースとサワークリームがかけられている。こんな上品なホルトバージは初めてだった。ワインはバダチョニのロゼ。バラトン湖畔のものだ。食事中も上を眺めずにはいられない。大胆なガラス天井に心を奪われている。

 メイン料理はフォアグラの季節野菜添え。野菜たっぷりで彩が良く、盛り付けも美しい。フォアグラはハンガリーで食べるのが一番美味しい。何故なら一番上質のフォアグラを外国に出さず、自国のためにキープしているからだ。ワインはヴィッラーニの赤。食事に合わせたワインがその都度たっぷり出てくるので既にほろ酔い気分。天井から飛び出したガラス球が揺れている。



ホルトバージ・パラチンタ フォアグラの野菜添え

1皿目のホルトバージ・パラチンタ(左)とメインのフォアグラの野菜添え(右)




 デザートにはワインが添えられていた。「もう十分ワインを味わったのでこれは結構です」、と断ると「これはデザートワインですからどうぞ!」と薦められる。トカイ・アスー・5プットニョシュ。とろけるように甘いトカイワインだった。チーズケーキは想像と異なり、まるでお皿のためにチーズを飾り付けたかのよう。ボリューム控えめなのも品が良い。



カテージチーズケーキ

デザートのカテージチーズケーキは
とろけるように甘いトカイワインとともに




 素晴らしい夜だった。昼間に眺める建物も美しいが、この夜景はどう表現したら良いのか。隣のクロチルド館の先にエルジェーベト橋が見える。ハンガリーがオーストリアと二重帝国だった時代の華やかさを物語るパーリズィ・ウドヴァル。21世紀に受け継がれ、一層輝きを増している。



左にクロチルド館、右奥にエルジェーベト橋

左にクロチルド館、右奥にエルジェーベト橋





Párisi Passage

営業時間

毎日 07:00-23:00
 朝食 07:00-10:30/アラカルトメニュー 12:00-22:30
 ビストロメニュー 12:00-17:00/カフェ 08:00-17:00

住所

1053 Budapest, Ferenciek tere 10.
- Párisi Udvar Hotel Budapest

TEL

+36 70 702 4088

E-mail

info@parisipassage.hu

ウェブサイト

https://www.parisipassage.hu/en




沖島博美( Okishima Hiromi ):
トラベルジャーナリスト。ドイツ語圏を中心に民俗、歴史・文化の取材を重ね、カルチャースクールで講座を開いている。主な著書に『ハンガリー』『ウィーン』『ベルリン/ドレスデン』以上日経BP社、『皇妃エリザベートを巡る旅 ドイツ・オーストリア・ハンガリー』『ウィーンのカフェハウス』以上河出書房新社、『わがまま歩き ウィーン・ブダペスト・プラハ』実業之日本社、その他多数。


このページの先頭へ