スイス人は堅実な性質だという。
ドイツやフランスと国境を接するライン川沿いの都市バーゼルは、美しくコンパクトでかつ機能性に富み、またその堅実なスイス人の気質が垣間見れる街である。
バーゼルの人口は約15万人。その歴史は紀元前1世紀のケルト人の時代まで遡る。
15世紀に創立されたバーゼル大学は、スイスでも三番目に古い大学で、哲学者のエラスムスもここで学んだ。市内には、エラスムスの当時の住居が残されている。
クラッシックファンには馴染み深い欧州最高峰の音楽大学、バーゼル音楽院もこの町にある。美術館や博物館、マリオ・ボッタやヘルツォーク&ムーロンなど現代建築家の建物も多く、それらが不思議と昔ながらの街並みと調和して建っているのも興味深い。
国際銀行や製薬会社が多いことから、スイス国内でも有数の裕福都市としても知られており、バーゼルに住むこと、そしてバーゼルの人と結婚することは一種のステータスとも言われれている。
そんな歴史的ステータス・シティのバーゼルだが、この街は実に素朴だ。富裕都市と聞いて連想しがちな金銀きらめくきらびやかな装飾、これみよがしな高層ビルやブランドショップが立ち並ぶと言った華やかさは見当たらない。町中はいたって静かで、こぢんまりとした印象だ。
街の中心部には、14世紀に建てられた赤い壁の市庁舎が聳える(写真上)。
華やかな赤桃色の石造りの建物は、スイスのジュラ山脈、ドイツのシュワルツワルト、アルザスのヴォージュ山脈に囲まれたこの地域特有の砂岩で造られている。ここにはバーゼルシュタット準州の役所があり、同時に市議会としても機能している。
市庁舎は1900年に左端の回廊と右側の塔が増築され、後部にあった14世紀からの古い部分が壊された。その際、その部分の再建には、当時見直され再流行していたバロック様式が取り入れられた。
その一方で、外壁の装飾には当時の最先端であったアールヌーボー様式が採用されている。赤桃色の石壁に施された青や黄色、緑や金色の装飾が、威風堂々とした建物をより華やかに彩っている。
もう一つ、市庁舎と肩を並べる町のシンボルとなっているのが、ライン川沿いの小高い丘にあるバーゼル大聖堂(写真右)だ。スイス・フランス・ドイツの国境が交わる国境地点として、10世紀から変わらずに街を見守ってきた。
ミュンスター(大聖堂)広場の中央には、紀元前15年にローマ軍が軍用基地を築いた際に造られたローマ時代の井戸の杭が、カバーされた状態で残されている。このミュンスターもヴォージュ山の砂岩で造られている。
富裕層の多いバーゼルだが、富裕層が多いのは単に製薬会社の恩恵だけではないという。
バーゼルの人達は基本的に倹約家で、現地のガイドさんの言葉を借りれば「どケチ」なのだそうだ。
おじいさん、おばあさんが亡くなった時の遺産が2億、3億だったという話はざらにあることで、とにかく老いも若きもみなコツコツとお金を貯める。町の整備で税金が使われる際も、行政側はその都度一民意を問い、最も堅実でお金のかからない方法が選択されているという。
その一例とも言えるのが、劇場前にある噴水(写真左下)だ。
その昔、ここには壮麗な劇場が建っていたが、その再建に莫大な費用がかかると知った市民は、低コストで近代的な劇場への建て直しを決めた。そして、劇場前の広場に市民の新たな憩いの場として、モダンな噴水を設けた。スイス最大の三分割劇場となっているこの劇場は、バラエティーに飛んだパフォーマンスが楽しめる劇場として市民に愛されている。
だが、貯めるだけでなく、使うところにはお金は使われる。
バーゼル美術館は欧州初となる市民によって建てられた美術館で、ホルバインのコレクションをはじめ、ダダ、シューリレアリズムの作品が充実している。また、バイエラー財団の美術館には、セザンヌやゴッホ、クレー、ミロ、ウォーホル、ロスコなどが展示されている。
その他にも旅行者が受けられる恩恵もある。それが「バーゼル・カード」だ。
市内のホテルに宿泊すると、チェックイン時にこの「バーゼル・カード」が手渡される。このカードの所有者は、市内に張り巡らされたトラムなどの公共交通機関が無料で利用できる他、美術館や博物館で入場料の割引特典などが受けられる。こうした特典カードは他の都市にもあれど、無料でというのはそう多くないだろう。
人々が暮らしやすい町は旅行者にも優しい。2007年に開通したTGV東線の停車駅にもなっているこの町を拠点にすれば、ドイツやフランスへの日帰り旅行も可能だ。欧州有数の富裕都市に滞在しながら、のんびりと三国巡りの旅を楽しんでみるのも良いだろう。
また、インターシティを利用すれば、ベルンへも1時間足らずでアクセス可能。バーゼルを基点に、インターラーケンやグリンデルワルト、ユングフラウといったスイス屈指の山岳地帯へのエクスカーションも楽しめる。