鉄道で巡るドナウ世界遺産の旅



世界文化遺産都市、レーゲンスブルク


写真:ドナウ川から見たレーゲンスブルク旧市街
 

◆ 眠りから覚めた奇跡の町、レーゲンスブルク

 『何と結構な美景の地にあろうか。この地に町が築かれたのは至極当然のことである。』
イタリア旅行の途中に立ち寄ったゲーテが賞賛し、旅行日記にこう書き綴った町がある。
それが2006年に旧市街が世界文化遺産に登録された、南ドイツのバイエルン州にあるレーゲンスブルクだ。

 ドナウ川最北の端、なだらかな丘陵に囲まれたこの美しい町の歴史は、ローマ皇帝によって城塞が築かれた179年にまで遡る。
レーゲンスブルクは古代ローマ帝国時代を経て、6世紀中期にはアギロルフィンガー朝の中心として栄えたバイエルン最初の首都に、そして帝国自由都市となった12世紀から13世紀にかけて交易や交通の要所として栄えるものの、その後衰退してしまう。

 17世紀になってドイツ最初の「永続的帝国議会」の所在地として再び第一線に返り咲くが、1810年には神聖ローマ帝国の解体によって社会的、そして文化的地位を失ったレーゲンスブルクはバイエルンに帰属し、単なる一地方都市となってしまった。
こうして幾度となく繁栄と衰退を繰り返したレーゲンスブルクは、よく『眠れぬ森の美女』の話に例えられている。

 先の大戦でドイツ各地は壊滅的な被害を受けたが、このレーゲンスブルクで焼失したのは現在の中央駅周辺と、軍事関連施設が置かれた新市街のみで、旧市街は奇跡的にも戦火を逃れた。
そのためドイツで最も保存状態の良い中世都市として知られ、これまで故郷を追われたドイツ国民のの第二の故郷として広く愛されてきたのだという。

 そして、再び眠りから覚めたレーゲンスブルクは今日、古さと新しさが共存した不思議な魅力のある世界で唯一無二の町として、世界中から訪れる多くの人々を魅了している。
(写真左上:ゲーテが宿泊したドナウ川沿いのホテル)
 

◆ 守護聖人、聖ペテロ

 ヨーロッパのそれぞれの町には、守護聖人というものがいる。
レーゲンスブルクの守護聖人は聖ペテロ。これをイタリア語読みにすると「サン・ピエトロ」となる。
そう、ローマのヴァチカン市国にあるカトリックの総本山「サン・ピエトロ寺院」に祀られている聖人だ。

 聖ペテロはキリストの一番弟子で、使徒となる前は漁師として働いていた。
ローマで暴君ネロによるキリスト教徒迫害を受け、ペテロはその迫害から逃れようと信者を従え町を脱出する。 だが、その途中のアッピア街道で「もう一度十字架にかかりにローマへ行く」と言うキリストの御霊と出会い、自らの行為を恥じたペテロはローマへと引き返し、逆さ十字架にかけられ殉教した。
この話は、1951年に映画化された『クォ・ヴァディス(原題:Quo Vadis)』に描かれているので、興味のある人は一度ご覧になると良いだろう。

 さて話を戻そう。聖人たちを描いた絵画や像には必ずと言っていいほど、その象徴となるものがシンボルとして一緒に描かれている。

 聖ペテロのシンボルは「鍵」。ヴァチカン市国の旗や教皇の紋章には、金と銀の「交差した二つの鍵」が描かれていて、ローマ法王の教皇紋章にもベースにこの鍵がデザインされている。
これは一つはキリストが聖ペテロに授けた天国の門を開く鍵、もう一つの鍵は教皇の神聖にして絶対なる権力を意味している。

 実はこの交差したこの二つの鍵は、レーゲンスブルク市の紋章にも用いられている。
こうしたことからもレーゲンスブルクが、かつて絶大な権力を誇っていたことが伺い知れる。
(写真右上:キリストから与えられた天国の門の鍵を持つペテロ像/写真左上:市の紋章にもなっている鍵をモチーフにした植え込み)
 

◆ 偉大なる友人、ローマ教皇ベネデクト16世

 レーゲンスブルク市民の大いなる誇り、そして偉大なる友人と言えば、2005年に全世界で11億人いると言われるカトリック教徒の頂点、ローマ法王の座についたベネディクト16世だろう。

 第265代ローマ教皇ベネディクト16世、本名ヨセフ(ヨーゼフ)・ラッツィンガーは、1969年から1977年までレーゲンスブルク大学の教義神学と教義史の教授だった人物で、1976年から1977年までは同大学の副学長を務めた。この間法王は、レーゲンスブルク郊外にある小さな町、ペントリングで暮らしていた。
ドクトル・ゲオルグ・ラッツィンガーの家
2006年9月には、ベネディクト16世がローマ法王となって初めてレーゲンスブルクを訪問、2時間半に渡って法王によるミサが執り行われた。 町は法王を歓迎する人々の歓喜に包まれ、それはそれは大変な騒ぎだったのだという。市庁舎では法王の来訪を記念した特別展が設けられた。

 レーゲンスブルク来訪の際、法王は旧市街に住む兄ドクトル・ゲオルグ・ラッツィンガーの家に立ち寄り食事を楽しんだ。部屋の出窓には、これを記念するプレートが掲げられている。

 ラッツィンガー兄弟はレーゲンスブルクを故郷とし、トラウンシュタインに眠る両親の遺骨を1974年にレーゲンスブルクへ移している。
(写真右上:ドクトル・ゲオルグ・ラッツィンガーの家)



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