現在も数多くの結婚式が行われているオールド・ブラックスミス

 

恋人達の駆け込み寺は鍛冶屋さん?!

 スコットランドの南、イングランドとの国境近くに、ちょっぴりロマンチックなストーリーを持つ村がある。それがグレトナ・グリーンだ。

 時は18世紀。それまでイングランドでは、結婚の意志を言い交わすだけで有効とされた簡単な結婚の仕方が認められていたが、秘密婚や重婚を防ぐため1753年に「ハードウィック婚姻法」が制定された。この法律の施行により、イングランドでは21歳以上、しかも双方の両親の同意無しには結婚ができなくなってしまった。

 だが、この婚姻法が適用されたのはイングランドだけ。国境を接したスコットランドでは、それまで通り16歳以上(1929年以前は男性は14歳、女性は12歳以上)であれば、親の同意が無くとも結婚が認められていた。

 そこで、イングランドで様々な逆境に立たされたカップルが、手に手をとってスコットランドへと馬車を走らせた。

だがそれは、イングランドの貴族社会にとってはスキャンダラス以外の何物でもない。家名に傷がつくのはもちろん、結婚が最大の感心事とされたこの時代、未婚の兄弟姉妹に与える影響も甚大で、良縁はおろか最悪の場合は結婚そのものまでもが危うくなってしまう。致命的だ。だから家族も必死になり、何とか駆け落ちを阻止しようと二人の後を追った。

追っ手がどんどん迫ってくる中、二人が必死の思いでたどりついたのが、イングランドとの国境の村グレトナ・グリーンだった。

 「お願い!早く結婚式を挙げさせて!!」

 村の入口に建っていたブラックスミス(鍛冶屋)の戸を、二人は無我夢中で叩き続ける。
そして、必死に助けを請う二人を見たブラックスミスが、結婚式の司祭を引き受けたのだという。

 やがてブラックスミスは「金床(鉄床)の司祭」と呼ばれるようになり、グレトナ・グリーンはいつしか「駆け落ち婚」を象徴する場所として知られるようになった。
 


感動の結婚式

 「駆け落ち婚」で有名になったグレトナ・グリーンだが、この愛の聖地で結婚式を挙げようとするカップルは後を絶たない。その数は、年間で1000組にも及ぶ。
この鍛冶屋跡は現在博物館になっていて、事務室には18世紀から現在に至るまでの結婚記録が保存されているのだが、その膨大な量に驚かされる。

 挙式は、その博物館内の一角にある鍛冶場跡で執り行われる。伝統的な事を含め、式の進行には数点の決まりごとがあるようだが、現在では司祭も自由に手配ができ、好みに応じてアレンジも可能だ。

通常、挙式は入口のカーテンで仕切られて取り行われているが、幸運なことに新郎新婦のご好意により挙式の様子を見せてもらうことができた。

 バグパイプの音色に導かれ、新郎新婦が入場。その後を親族が続く。愛犬も一緒だ。新郎新婦は祭壇に見立てた「金床」の前へ。そこから少し離れた場所に親族が並び、金床を挟んで司祭が立ち挙式が行われる。

 新郎新婦が永久の愛を誓うとき、慣例としてお互いの腰に手を当てて述べられるのだが、美しい新婦の姿を見ているだけでその溢れ出てくる愛情が抑えることができないのだろう。新郎が新婦の背中に手を回し、何度も何度も愛しそうに撫でている。

 そして、いよいよ誓いの言葉・・・。

 ここにはバージンロードもなければ、美しく彩られたステンドグラスや洗練された装飾もない。あるのは真実の愛と、それを温かく見守る人たちの姿だけ。だが、それ以上に美しいものなどあるだろうか。

 ふと気がつけば、頬をつたう涙。
まさか見知らぬ人の結婚式を見て、親族と一緒になって自分までが大粒の涙を流すことになるとは思いもよらなかった。
 


刻まれた新たな歴史の1ページ

 「二組目の結婚式で、ウィットネス(立会人)をお願いできますか?」

朝、ホテルのフロント・クラークからこう言われ、一瞬耳を疑った。

 「えっ?! 私がですか??」
 「はい。新郎新婦も是非に、とおっしゃってますので。」
 「わかりました。それでは、喜んでお受けします。」

こうして急遽、結婚式に証人として出席することになった。

 式場にやって来た司祭を務める神父さんと挨拶を交わし、新郎新婦の控え室を訪ねる。
その時、新婦の姿を見て驚いた。何と新婦は身重だった。しかも臨月かと思うほど、お腹は大きく膨らんでいた。後になってお腹の子が双子だと知り、その大きさの訳が理解できた。

 式の時間が迫り、係りの人の指示に従って新郎新婦に続いて式場へと移動する。するとそこにいたのは、新婦の友人だろうか、若い女性が一人だけ。他に参列者の姿はない。
身重の新婦に、たった一人の立会人。いらぬ想像が一瞬頭を過ぎる。

 「さぁ、新郎新婦はここへ。立会人の二人も今からここで起こることをしっかり見ておいて下さい。」
神父さんのこの言葉から、式は始まった。

 神父さんの開式の辞に続き誓いの言葉、そして指輪の交換へと式が進む。
その一つ一つを目撃しながら、彼らのこの日を迎えるまでの困難や道のりを想っては再び胸に熱いものが込み上げてくる。そして彼らの姿と、その昔様々な事情を抱えこの地へやって来て、そして結ばていったカップルたちの姿や想いがどこか重なって見えてきた。
 
 

数多くのカップルを結びつけてきた「金床の司祭」
18世紀から残る婚姻の記録
その膨大な量に驚く
新たな人生を歩みだした
ダーレンとカレン

 
 「イングランドからやってきて初めて見えるこの場所で、二人は晴れて夫婦として認められた。」

この成婚宣言に引き続き、神父さんが前にあるハンマーで「金床の司祭」を叩く。
場内に「カーン!」という鍛冶屋特有の音が響き渡ると、皆の顔に万遍の笑が溢れた。

 式はこの後、「結婚証明書の作成」へと移る。
まず新郎新婦が書類に必要事項を記入してからサインをし、それに続いて立会人(2名)が記入とサインを行う。記入する用紙は2枚。1枚は手元に控えとして残り、もう1枚は式が行われた博物館に記録として残される。

 当然のことながら、立会人として出席した私も書類に署名をした。
夫婦として新たな一歩を踏み出したダーレンとカレンの名と共に、こうして私の名前もグレトナ・グリーンの歴史の1ページに刻まれることとなった。
 
 

「結婚式」で有名なだけじゃないグレトナ・グリーン

 「オールド・ブラックスミス・ショップ」で挙式を挙げた多くの人が、披露パーティや宿泊などで利用しているのが、通りを挟んで向かい側に建っていホテル「スミスズ・アット・グレトナグリーン」だ。
全50室を有する4ッ星ホテルで、さりげなくタータンチェックが取り入れられた客室は、伝統とモダンが見事にマッチした快適空間そのもの。フロントの男性スタッフが制服として身に着けているタータンキルトが、よりスコットランドらしさを感じさせてくれる。

 また、ホテルではダイニングやバーの営業も行っており、特に洗練された料理の数々が味わえるダイニング・ルームは味にも定評がある。一皿の量も適量なので、日本人にも安心だ。しかもファーマー出身のオーナーが経営するホテルだから、安全で新鮮なオーガニック食材をふんだんに使用。小さな一皿の中に生産や調理に携わった人々の深い愛情が詰まっているのだから、美味しくないわけがない。

 このダイニング・ルームでは月曜から木曜まで、お得なコースメニューも用意されている。2009年7月現在の料金は、2品のコースが14.50ポンド、3品のコースをわずか17.50ポンドとお値打ち価格。レストランだけの利用でもお勧めしたい。
 

品良くタータンがあしらわれた客室
センスの光る料理は味も抜群
豊富な品揃えが自慢のショップ


 イングランドの湖水地方へと続くグレトナ・グリーンは、スコットランドとイングランドを結ぶ観光の要所になっている。そのため、物館の裏手にはカフェテリアや大きなショッピング施設も設けられている。
ショップの品揃えも豊富でカシミア製品、スコッチ、食品、雑貨、陶磁器・・・、スコットランドのお土産ならたいていの物をここで買い揃えることができる。

 これらの品物は、お店の人に相談すれば日本へ発送してもらうこともできる。
試しにここで買ったカシミア製品を発送してもらったところ、荷物は約1週間で手元に到着。非常に丁寧に梱包されており、一つ一つの商品を紙で包んでくれていたので衣類の型崩れもなかった。日本に相通じる極め細やかなサービスが、いかにもスコットランドらしい。
クレジットカードを使って、商品と送料を一緒に精算できるのも有難い。

 敷地内には、オーダーメイドのウエディングドレス専門店や結婚指輪などを扱う店舗もある。タータンチェックをあしらったウェディングドレスは、予想を上回るエレガントさだ。すでに挙式の予定のある人も、しばらくその予定がないという人も、来るその日のために一着あつらえてみてはどうだろうか。
 
 


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