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素顔の英国・Everyday People

<その4>

Class System


ロンドンの高級住宅街,スイスコテージの高級フラット


イギリス人にとってクラスシステムとは

 階級制度,というのは現代の日本人にとって,頭の中で意味はわかっても実際はどんなものなのかはピンとこないもの。ビートルズが労働者階級の出身だ,といわれても,まあ金持ちではない家の出身だろうぐらいにしか思わないが,イギリス人にとっては非常に大きな意味を持つ。例えば新聞や雑誌の人物紹介の記事などで,イギリス人であれば必ずどこの出身で,どのクラスの出と書かれている。クラスとはイギリス人のアイデンティティーを構成する重要な要素なのだ。

 実際にイギリス人の意識の中ではクラスとはやっている仕事で分かれるらしい。おそらくホワイトカラーとブルーカラー,つまり事務系の仕事と労働系の仕事,どちらに従事する家庭の出身かということらしい。

 明らかに日本と違うことは,出身の階級により職業の選択が限られるということだろう。ミドルクラスに生まれた子供は,公立でない私立の,つまりお金のかかるボーディングスクールで学び,大学に行き,知的な仕事に就く,といったルートが決まっているのだ。日本では大学の選択は親の職業に関係なく自分の意思で決められるし,たとえ有名私大や国立大出身であっても自らの意思で料理人とか,大工とか,比較的職人的でガテンな(?)仕事に就いている人もいたりするが,イギリスでは先ずありえない。

 以前,知人のイギリス人が日本に関する新聞記事から東大出身のバスの運転手の話を読み,非常に驚いていたことに私は驚いた。まさか最高学府の出身者がそんな仕事を,ということなのだろう。つまりバスの運転手というのはイギリスでは学位がなくてもなれる労働者階級の仕事,ということを初めて知った。私は個人的にバスの運転手は公務員か同等の扱いをされている職業だと勝手に思っていたので,労働者階級とランクを付けることなど考えてもみなかった。でも確かにバスの運転手やコンダクター(中で定期を確認したりチケットを売ったりする車掌さんみたいな人)には入れ墨入りのちょっとヤンキー上がり風な人もいたりする。

 かつて労働者階級の代表だったポール・マッカートニーがサーの称号をもらい,上流の仲間入りを果たしたことは,秀でた才能があれば階級を飛び越すことが可能であることを示している。そして彼の娘,最近デザイナーとして注目されているステラ・マッカートニーはもちろん労働者階級出身ではない。

今日でも人口の25%が社会的,経済的に
労働者階級といわれる



一見の判断でお里が知れる?

 イギリスでは英語とはコミュニケーションの手段であることの他に,その人の育ちを探る格好の手段でもある。ひとたび口を開けば,その発音からどの地方出身でどの階級の人かが分かってしまう。さらに,そればかりでなく身なりでも判断している,という。

 イギリス人で日本人の夫を持ち,イギリス文化に鋭い批評を下すジャーナリスト,キャスリーン・マクロン氏によれば中流の中でも上,中,下のランクがあり,着るものでそれが判断できてしまうのだそうだ。例えばマークス&スペンサー(イギリスの高級スーパー&デパート,食料品から洋服にわたる自社ブランド製品は質が高いと信じられている)をお出かけ着にしているのは中流の下の方とか。それをお互い瞬時にチェックし,相手のランク付けをしているのである。

 階級によって,住む場所も,教育も,仕事も違うためおのずと行動範囲も志向も異なってくる。学費の高いオックスブリッジ(オックスフォードとケンブリッジ大学の総称)に労働者階級の子息が行くことはありえない。労働者階級出身の人がいわゆる高級ブランドの服を着ることもありえない。日本のように,貧乏も金持ちも地域や学校や会社などでごちゃまぜになることはない。クラスにより生活様式が完全に異なるのだ。


ハロッズでは汚い格好をしていると入店を断わられる。Gパンもお洒落に決まっていない限り入店禁止。

 もっともこういったクラスシステムも崩れつつある。たとえ労働者階級に生まれても今では教育制度が変わり,誰でも奨学金で大学に行けるようになったので,お金がなくても学ぶ意思があれば学位が取れる。するとちゃんとしたホワイトカラーの仕事に就くことができるので,自分でミドルへの階級を勝ち取ることができる。だから現在親は労働者階級だが自分は違う,といった層が存在する。実際ある統計によれば自分は親よりクラスが上だと思っている人は増えている。しかしこの場合の中流というのは中流の下に属し,それ以上の階段を上るには相当の努力が必要になり,現実は厳しい。

 ロンドンの西,いわゆるエーストエンドは労働者階級のエリアであり,ここで話される英語がコックニーといわれる。イギリス人でもわかりにくいとされる英語は確かに聞き取りにくい。有名なテレビシリーズ『イーストエンダーズ』はこの人々の日常を描いたもので,コックニーの会話で話が進行する。そして言葉以上にやはり住んでいる場所,着ているもの,買い物する場所などが彼らのクラスを示しているのだ。

 同じくBBCの『Keeping Up Appearances(体裁の維持)』というドラマシリーズはヒヤシンスという名前の労働者階級出身の見栄っ張りなおばさんが中流ぶる様子を滑稽に描いたドラマ。わざとらしい中流っぽいアクセントで喋り,体裁ばかりを気にするおばさんが労働者然としたいかにも肉体労働してるような弟が自分の家に訪ねてくるのを近所の人に見られないようにしている様子がとってもおかしい。これが笑いを誘うのは,普段からイギリス人が過剰に「階級」を意識している証拠なのだろう。


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