デビューとともに、格付け評価で世界第6位を獲得
ますます輝く「ぱしふぃっくびいなす」
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ぱしふぃっくびいなす |
1998年4月12日。7年ぶりに日本に誕生した新造客船ぱしふぃっくびいなす(2万6千総トン、問い合わせ先:日本クルーズ客船 06−6347−7521)が、東京港からアジア40日間の処女航海へ旅立った。
見送りに駈けつけると、港はお祝いムード一色。本船の初代船長・津畑一美氏の挨拶、ブラスバンドの演奏、ミス東京からの花束贈呈など、出航セレモニーが盛大に執り行なわれ、いよいよ出航の時を迎えた。その瞬間、私は船上にめずらしい人物を発見。それは、クルーズ評論家ダグラス・ワード氏だった。彼は、数あるクルーズガイドの中でも、辛口な論評で知られる「ベルリッツ・コンプリート・ガイド・ツー・クルージング」の著者であり、採点者。早速この船の品定めにやってきたようだ。
10日後、私は1カ月の取材旅行に出た。始めに、イギリスへ飛び、サザンプトンで行なわれる、ロイヤルカリビアンインターナショナルの新造船ビジョンオブザシーズのお披露目クルーズに乗船し、その後イギリスからインドに飛び、ぱしふぃっくびいなすのデビュークルーズ後半20日間に乗る、掛け持ちスケジュールだ。
ビジョンオブザシーズのお披露目には、世界各国のプレス陣が招待されていた。2泊3日の短いクルーズ期間で、7万8千トンのメガシップを効率良く取材しようと、それぞれ必死に船内を動き回る。
そんな中、運良く、リン・マーティンスティン広報担当副社長との単独会見を取り付けた私は、ほっとして、エレベーターに乗り込もうとした。その時、どこからか「ウエーダサン」と声がする。その発音は明らかに外国人。「いったい誰だろう?」と振り向くと、つい10日前、東京港で会ったばかりのダグラス・ワードさんが手を降っていた。
「あれ、いつお帰りになったのですか?」
「4日前です」
「ぱしふぃっくびいなすは、如何でしたか?」
その瞬間、ワードさんの顔が、実に柔和に輝き、
「とても、プリティーシップでした」。
この第一声に引き続き、ぱしふぃっくびいなすについて感想を述べる彼の表情は終始にこやか。そんな様子から「これはきっと良い結果が出るのかもしれない」と、密かに期待していた。