アトランティック・カナダの原風景を撮り続ける
写真家
吉村 和敏さん
強烈だったカナダ大西洋沿岸との出会い
自画像あり作品有りの自らのホームページで毎週のように読者に語りかける若きカメラマンの登場である。珠玉のように光る1枚1枚の写真集(ギャラリー)もさることながら軽快で無駄のないWEB構成は、見事である。
プロ・カメラマンの登竜門といわれる「Nikonサロン」(新宿・京王プラザ)でこのほど念願の個展を開いたら、来場者2,900人のうち300~400人が吉村さんのホームページを見て駆けつけてきた。それもつい最近までインターネットには無縁といわれてきたヤング女性である。
「正直そこまで反応があるとは期待していませんでした。驚きです。まず見ていただきたい出版社や専門家の方々にはハガキで連絡を差し上げ、ほぼ満足のゆく成果をあげることができましたが、読者として僕の写真をわざわざ見に来てくれたのは彼女たちです」
インターネットは予想以上に早いテンポで進んでいる。と同時に、アクセス数も読者へのインパクトも、つまるところ「コンテンツ」が勝負といわれることの好例である。
「ただ、ギャラリーで見ていただくのはいいんですが、そのままダウンロードされて転用されることが少なくないのには困りました。近く構成や写真の掲載方法、枚数などを変えて行こうと思ってます」
白アザラシの7面相など、特にそのままペットになるほど可愛らしいから無理もない。著作権問題や閲覧の有料化などインターネットの課題を早く解決しないと、折角登場した見応えのあるコンテンツが、再び首を引っ込めてしまうことになる。そうしたら「インターネットはからっぽの洞窟」だ。
高卒後、2年間働き貯めたお金でバンクーバー行きの片道切符と35mm一眼レフをもってカナダへ飛んだ。20歳の旅立ち。「海外ならどこの国でもよかった」が、信州生まれの信州育ちという根っからの自然児が選んだのは、結局カナダの自然だった。
しかし、「何か一人でやれることに思い切り挑戦をしてみたいと心に秘めての旅立ちだったが、勝手が分からない外国の地しかも英語もダメという状態で早く何とかしなければならないという焦りもあった」
結局、2,000ドルをはたいて中古車を購入、バンクーバーからロッキー、エドモント、モントリオールとカメラ・サファリをしながらカナダ大陸を横断、プリンスエドワード島にたどり着く。そしてそのまま長期逗留することになる。この辺の思い切りの良さと行動力が吉村さんの魅力なのだろう。
惚れ込み通い続けることになる大西洋沿岸4州アトランティック・カナダとの出会いである。
「ロッキーの大自然でもない、モントリオールやケベックの歴史でもない。何かこれまでのカナダのイメージにはない強烈な刺激があったんですね。ここなら自分が目指す写真が撮れるかも知れない」夏の2カ月1日8ドルのユースホステル住まいをした後、シャーロットタウンにアパートを借りアルバイトをしながら、折々に表情を変えるアトランティック・カナダの自然を追い求めることになる。
そして、1年ぶりに帰国。折から「赤毛のアン」がブームの兆しを見せ始めたこともあって89年に篠崎書林から出した処女出版「写真集 夢見るアンの島」がヒット、職業カメラマンとしての第一歩を踏み出すことになる。
「テーマが良かったんです。それにタイミングも良かった」
以後、春夏秋冬毎シーズンのようにプリンスエドワード島を中心としたアトランティック・カナダへの取材力がはじまる。その中でも「赤毛のアンの故郷へ」(1991年講談社)「写真集 赤毛のアンに出会う島」(1995年金の星社)「CD-ROMプリンス・エドワード島」(1995年シンフォレスト社)などが、次々とヒットをとばす。
何千何万人と犇めくプロ・カメラマンの中でカメラひとつで食べていけるようになるのはほんの一握りだ。その意味で吉村さんのスタートはまずは順風満帆だ。
「ええ、まず幸運なスタートをきれていると思います。でも、写真でどうにか生計を建てられるかなと思うようになったのは、28~29歳頃なんです」というから、ごく最近のことだ。
そういった意味で「今回の個展は自分のテーマで思い切ってアトランティック・カナダの世界を発信できた最初のケース」という。吉村さんの詩的なフレーズが一枚一枚に添えられたアトランティック・カナダの自然は、どれをとても強烈な旅情を誘うアートの世界でもある。
「私の目指すアートとしての写真は、通常の写真家とは違う世界でしょうから、他人は何故アトランティック・カナダみたいなフラット過ぎて絵にならないところに夢中になるのか分からないと言う。やはり住んでみないと分からない世界かも知れませんが、、」夏場の3カ月、秋の1カ月、そして冬は1~2カ月という具合に回数を刻み今でも1年のうち半分は、アトランティック・カナダ住まいだ。
「スピリッツというか、自分が田舎育ちと言うこともあって、人と自然が共存するアトランティック・カナダの波長というか素朴さに惹かれるんだと思うんです。田舎が好きです。勿論、日本の田舎も・・・」
気張らず衒わず、真っ正面から自然に対峙して一瞬のシャッター・チャンスに全てをかける--時を止める写真家、そんな吉村さんが大輪の花を咲かせるのも、そんなに遠くないのかもしれない。
文:高梨 洋一郎