前半が勝負の世界一周クルーズ

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エッセイスト・元斉藤病院理事長
元日本旅行作家協会会長

故・斉藤 茂太 氏


 無類の飛行機好きが、最近はすっかり船旅に入れ込み、ついには夫婦同伴での96日間3カ月余にわたるロング・クルーズとなった。

 「祖父が通り茂吉・輝子の両親が旅したマルセイユに入港した時は、親子3代にわたる船でのヨーロッパ上陸ということもあって感激したね。デュマの厳窟王の舞台となったイフ城を望みながら、漱石や鴎外の洋行に想いを馳せるなど、海からのアプローチは感慨ひとしおだった」。「飛鳥」世界一周クルーズでの一コマひとコマが、余韻を楽しむように次々と飛び出してきた。

 3月21日、アラビア海上で80歳の誕生日を迎えた。早速、ケーキと紅茶で女性陣が賑やかなパーティを開き、顔中をキスマークで真っ赤に染められることになった。「これぞ正にベニー・グッドマンだね」と周囲を笑わせたという。どこに行っても、当意即妙のユーモアが、周囲を笑いの輪に引き込む。だから人気と人望がある。

 「自己中心でわがまま、癇癪持ちの人は長い船旅には向かない。人間3カ月間も一緒にいれば、相当出来た方でも多かれ少なかれボロは出てくる。この私だって、例によって女房と何度か小さな口論をしても、他人さまの前では何事もなかったように振る舞っている。その我慢が出来ずに周囲を不愉快にする人は、やがて孤立して自ら旅の価値を下げてしまう」「以前に読んだ米国の宇宙飛行士の選考基準と一脈通じる。いわば滅私奉公の精神です」一見きらびやかに見える超豪華な船旅も、乗客次第でその価値が大きく左右されるということか?

 「それも問題は、前半ですね。乗船してしばらくは一種の興奮状態にあるから、食事も3度3度、船内の催し物も全て付き合って、手を抜かない。長い船旅なのだから適当にスキップすればいいものを、全部消化しようとするから無理がでる。そのコントロールを忘れると途中で敢えなく爆発してしまう」

 食べ過ぎには大分注意したつもりだったが、それでも何キロかお腹の脂肪を膨らませて帰国したら、同じ日本旅行作家協会の兼高かおるさんから、開口一番、「お太りになりましたわね」と最も気になることをつかれ、ショックだったと笑う。トレードマークのダンディさは、幾つになっても変わらない。

 「折角の外国の地に寄港するというのに一切下船しないと決めている人、釣れるか釣れないのか分らないが、気が付くと船上からいつも釣り糸を垂らしている人、日本酒しか呑まないというので膨大な量のお酒をわざわざ持ち込んだ人。実にいろいろな方がいろいろな形で旅をしている。私も患者さんのひとりを乗船させてみたんですが、居ながらにして臨床心理学の格好の舞台を提供してもらった」それにしても、女性のショッピング好きには改めて驚かされたという。自殺でもされないかと内心冷や冷やしていたが、くだんの患者は買い物になると、実に生き生きと飛び回っていたという。

 「ショッピングをさせておけば医者は不要だな」(笑)

 いつまでも元気に人生が楽しめる秘訣は何ですか--と水を向けたら、「結局は好奇心かな」という答えが返ってきた。

 本業の病院業務は次代に譲って、各種団体の会長職や講演、執筆に忙しい毎日を送っているが、今年から頼み込んで週1回だった理事長診察を週2に増やした。

 「患者さんを診ながら何分オッシコを我慢できるかなと統計をとったりしているいると楽しいよ」。シゲタというより「モタさん」の愛称がぴったりの根っからのユーモア人である。

 七夕の短冊を書けといわれて「再び世界一周グランドクルーズ」と願を掛けた。長寿社会万歳である。

(構成:高梨 洋一郎)


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