(写真:左から第七室にあるリサイクル用の棺/西側と東側からみた修道院の模型)
◆ 大理石の間
展示室から続く広い部屋が、皇帝の館の一番奥にある「大理石の間」だ。この部屋は、主に宮廷のための祝祭の間として使用されていた。
「大理石の間」と呼ばれているが、実際にザルツブルクの大理石が使用されているのは扉の鏡板と上部の飾りのみで、壁は大理石に見せかけた漆喰で描かれている。
天井のフレスコ画は、ハプスブルク統治時時代にパウル・トローガーによって描かれたもので、その中心には「知恵」を象徴する獅子車にのったアテナと、「権威」を象徴するヘラクレスが地獄の犬をこん棒で突き殺す場面が描かれている。また、床の中央にある格子の下には、温風ヒーターが収められている。
この天井画の解釈については諸説あるが、ハプスブルク家、ことにカール5世が好んでヘラクレスに自らの姿を重ねたと言われていることから、フレスコ画にある二人の人物は国家権力の権化するもの、つまり「理性的な節度(アテナ)と必要に応じた権威(ヘラクレス)をもって国を治める君主への敬意として描かれた」との解釈が有力とされている。
(写真:大きな窓から光が差し込む「大理石の間」)
◆ バルコニー
大理石の間を出ると、図書室へと続くバルコニーにでる。
眼下にはメルクの町並みが広がり、すぐ横にはドナウ川が流れている。天候の良い日には、ここから西にゲソイゼ山連、東にリリエンフェルドの山々とジュネーベルク、そして北にはヤウエリングが望める。
かつては、ここには見事なドナウの水郷地帯が広がっていたが、1978年から1982年にかけて建設された発電所により、その景観は損なわれてしまった。
ここにはロココ様式を想像させる二つの塔があり、ファサートの上には教会の守護聖人であるペテロとパウロの像が、塔と塔の間には二人の天使に挟まれた復活したキリスト像がある。
(写真:キリストと二人の聖人の像がある修道院教会の塔)
◆ 図書室
さて、この先はベネディクト派の修道院にとって、特に重要な場所とされる図書室へと続いている。
この図書室には1800冊もの写本が収納されている。
その三分の二は15世紀の改革時代の書であるが、最も古いのが9世紀にかかれたベダ・ベネラビリス。同じく9世紀には、訓戒書(ホミラリウム)も書かれた。10〜11世紀の物では、ウエルギリウスの写本が保管されている。
また、この修道院の全盛期であった1140年から1250年にはヒロエニズムの解説書の他にも、ベネディクト戒律解説書や聖書、そして公式集や法律文献も写本されていたという。
この修道院には古版本も所蔵されており、16世紀のものが1700点、17世紀のものが4500点、18世紀のものが18000点、これに新しい書籍をたすと合計で約10万冊に及ぶ。
寄せ木細工で造られた本棚には、これらの本が床から天井まで本がびっしりと収納されている。
1997年には、中世後期の写本に挟まっていた1300年頃の『ニーベルンゲンの叙事詩』写本の片鱗が、クリスティーネ・グラスナー博士によって発見され、図書室の新たな宝に加わった。
また、メルクは神学文献だけではなく、中高ドイツ文学の中心であったことも分かっている。
(写真右上:展示されている写本)
(写真:左から図書室に展示されている望遠鏡/天球儀/読書室へと続く鉄製ロココ式格子)
図書室の天井フレスコ画もパウル・トローガーによって描かれたものだが、統治者である一家が賛美されている「大理石の間」とは対照的に、この部屋では信仰がテーマとなっている。
信心のアレゴリー(封印された七つの本と、聖書の「黙示録」の羊を手にした女性、そして霊鳩のついた盾を手にする人物群)の周りを、天使と天使の頭部が群を成して取り囲むこのフレスコ画は、賢さ、正義、勇気、節度の基本道徳を象徴している。
扉の脇にある四体の木像は、「神学」「哲学」「医学」「法学」の四つの学問を表しているという。
また、この部屋には旧図書室から持ち込まれた、1690年頃のもの観られるヴェンツェンツォ・コロネリの二つの天体儀(地球儀と天球儀)が展示されている。
奥の小部屋には二つの線条細工が施された鉄製ロココ式格子があり、そこにある螺旋階段を上っていくとヨハン・ベルグルのフレスコ画が描かれた二つの読書室がある(一般非公開)。この部屋の天井にも「学問」をテーマにしたトローガーのフレスコ画が描かれている。
(写真:信仰をテーマにしたトローガー作の天井フレスコ画)
◆ 修道院教会
図書室の次に案内されるのが、要とも言える修道院教会だ。
金、オレンジ、オークル、灰色、そして緑と暖かな色調でまとめられたこの教会は、当初ゴシック様式であったが、18世紀に現在みられるようなバロック様式の教会へと改装された。
内装にはイタリアの建築家であるアントニオ・ベドゥッチの大きな影響が見られ、天井にあるフレスコ画はベドゥッチのデザインを元にザルツブルクの画家ヨハン・ミヒャエル・ロットマイヤが描いた。
円蓋は1716年から1717年にかけて完成し、1722年には堂内すべてのフレスコ画が描き上げられた。
正面にある主祭壇は、ガリ=ビビエナのデザインに基づいて制作されたもので、資材にはザルツブルクの大理石と金箔を施した木材が主に使用されている。
主祭壇のテーマになっているのが「闘争と勝利」。祭壇の中央にあるのが聖ペテロと聖パウロの像。聖櫃の上の台に乗せられた三重冠はキリストを象徴し、この修道院の守護聖人となっている二人の聖人ペテロとパウロを示している。
この二人の聖人は、同じ日にマメルトの牢獄から引き出され同じ日にペテロは逆さ磔に、そしてパウロは斬首され殉教した。
この主祭壇の像では、「死」という最後の戦いに挑む二人が、互いに手を取り合って別れを惜しんでいる場面が表現されている。そして、その二人を左右の預言者であるダニエル、エレミア、ダビデ、イザヤ、エゼキエル、ギデオンの像が見ている。
今まさに死を迎えようとする彼らを迎えようとしているのが、その上にある「勝利」を象徴する冠である。
その冠の左右には、二人を象徴する「逆さ十字架」と「剣」を手にした天使の姿がある。そして、その冠の上には父なる神が鎮座し、勝利の十字架がすべての上に聳えている。
主祭壇の父なる神の左右にあるのが、モーゼとアロンの像だ。
主祭壇設計の最後の段階で加えられたこの二つの人物像の解釈については明らかにされていないが、左側のモーゼは神の民の「世俗的統率者」として地上世界を象徴し、右側の「宗教的な統率者」であるアロンは、天上世界を象徴しているのではないかと考えられている。
(写真右上:修道院教会内部/写真左上:「勝利」を象徴する冠)
(写真:左からバーベンベルグ家の墓所/別れを惜しむペテロとパウロ/聖コロマンの祭壇)
さて、「戦い凱旋する」という教会の思想は、主祭壇の上へと続くフレスコ画にも表現されている。
左手のアレゴリーは深紅のマントをまとった女性像で、頭に棘の冠をかぶり、足下には拷問器具が散らばっている。
この拷問器具は横断アーチのコルニス付近にも見られ、そこから円蓋支柱の対角線上に続く円蓋フィールングの大理石を擬した、漆喰壁の絵のテーマ「戦う教会」へと続いている。
ロットマイヤは、天井のフレスコ画の円蓋へ続く部分にも、「信仰(十字架)」「希望(錨)」「愛(母と子供たち)」という神の三つの徳を表現した。
昔の祭壇に当たる天井左側には、竜の頭を踏み砕く黙示録の女性、その反対となる右側に、戦い凱旋する教会を象徴する月桂樹の冠をかぶった、もう一人の女性が描かれてており、祭壇全体が「神の民の歩み」という一つのコンセプトで統一されている。
こうした「勝利に導く闘争」は、聖コロマンの信仰の中の「死」にもつながってゆくが、聖ベネディクトの姿ににも表現されている。聖櫃に納められた聖コロマンの祭壇は円蓋下の左側に、そしてその向かい側に聖ベネディクト祭壇がある。また、バーベンベルグ家の墓所は、主祭壇の左側にある司教座の後ろにある。
ガイドツアーはこの修道院教会で終了となるが、ツアー後も教会内に残って見学を続けることができるので、時間のゆるす限りじっくりと見学して帰って頂きたい。なお、教会を出た先の左地下では、遺跡の一部を見ることもできる。
(写真:円蓋に描かれたフレスコ画)
参考資料:「メルク修道院」