チューリンゲン州の北西部にあるアイゼナハは、「楽聖」「近代音楽の父」として知られるヨハン・セバスチャン・バッハの生地だ。クラッシック音楽ファンのみならず、バロック音楽や教会音楽ファンにとっては、一度は詣でてみたいと思う場所の一つと言えるだろう。
ゲーテ街道上にある町ゆえ、訪れる日本人客も多いという。街中の主要な観光ルートにはドイツ語や英語に加えて日本語の案内表示もされており、現在博物館となっているバッハハウス(バッハ館)をはじめ、やはりこの町にゆかりの深い重要人物である宗教改革者、ルターの家など迷うことなく歩けるようになっている。
こうした日本語表示はヨーロッパの街ではあまり…というより実際ほとんど目にすることはない。歓迎されているのかという、嬉しささえ伝わってくる。
さて、では案内表示に従ってバッハハウスを目指してみよう。ここはアイゼナハを訪れる旅行者が、必ずといってよいほど訪れる場所の一つだ。
バッハが洗礼を受けたという聖ゲオルグ教会や市庁舎を望むマルクト広場からルターの家を目指して進み、さらにルター通りを進む。ゆるい坂を上った場所にある丘の上に建つクリーム色の建物とモダンないかにも博物館といった建物が並んでいる。これがバッハハウスだ。
このバッハの家が博物館となったのはなんと100年前のこと。古典音楽や教会音楽の手法を集大成し洗練させたバッハの音楽は、以後現代に至るまでの「近代音楽」の基本となっており、それゆえ「近代音楽の父」と呼ばれる。19世紀に活躍したベートーベンはバッハのことを「バッハ(小川)ではなくメール(海)だ」と言ったというが、要はすでに100年前にバッハは音楽史上にゆるぎない存在、そして偉大なる音楽家として賞されていたのだ。
建物の内部には、当時のままのバッハの部屋や直筆の楽譜、17世紀の当時の楽器などが展示されている。
特に充実しているのは、試聴コーナーなどを含めたオーディオ設備を駆使した展示室。モダンなデザインの椅子が並べられた部屋に、カンタータやマタイ受難曲、ブランデンブルグ協奏曲など、バッハの代表作が聴けるようになっている。
室内中央に設置された視聴覚ルームでは、バッハの代表的な作品から選ばれたカンタータ、フーガ、トッカータの3曲が繰り返し流されていて、大スクリーンにはその演奏(合唱)風景が映し出されている。クリスマス・オラトリオから「いざ祝え、この良き日を」の前奏が響き、思わず視聴覚ルームへ。その壮大さに思わず聴き入る。
また、毎日午後3時にはバッハの時代、17〜18世紀の古典楽器を使った演奏が行われている。チェンバロやオルガンといった古典的な音色が、木造の薄明かりがさす部屋に響き渡る。現代楽器とは音色も形も違う楽器が奏でる端整なリズムには、どこか厳かさも感じさせられる。
アイゼナハは、チューリンゲン州ではエアフルトに次いで2番目に大きな町であるが、賑々しさはさほど感じられない。むしろ研究熱心なバッハや信念に燃えてコツコツと聖書をドイツ語翻訳したルターにふさわしい、素朴ながらも地道さを感じさせる品のある風情が漂っている。
「ブランデンブルグ協奏曲」でも「クリスマス・オラトリオ」の一節でも構わない。せっかくバッハゆかりの地を訪れたのであれば、バッハの名曲を心のBGMに待ち歩きを楽しんでみてはどうだろうか。