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フィッシュアンドチップスに関するウン畜


 イギリスを代表するファーストフードといえば、何といってもフィッシュアンドチップス(以下F&Cと略)だろう。イギリスに来たはじめのころはあんまりこれを食べている地元の人にお目にかかったことがなかったので、実感がなかった。ロンドンのピカデリーサーカス周辺の観光客が、義務のように食べている光景しか見たことがなかったのだ。ビジネスマンや若者たちのもっぱらのテイクアウトはサンドイッチバーなどで持ち帰るサンドイッチである。
 しかし、やはりいる、いる。繁華街でない住宅地にまぎれて建つF&C屋には若者、地元の主婦などが昼時に集まってくる。昼時ばかりでなく、ちょっとお腹が空くと気軽に立ち寄る場所なのだ。チップス(いわゆるフライドポテト)が70p〜、フィッシュはコッド(鱈)が代表的で、フリッターにように揚げられたものが£2.50くらい。その他フィッシュケーキという魚のすり身のフライやコッドロウ(鱈の卵で、食感はタラコ。魚が好きな日本人には受ける味)のフリッターが80p程度。フライドチキンも一緒に売られていたりする。
 たいていフィッシュとチップスを頼むのが定番で、これに自分で好きなだけ塩と酢をかける。歩きながら食べるなら「オープン」で、そのまま食べられるように藁番紙でくるんでもらい、持ち帰りならば「クローズ」と言えば包んでくれる。大学などの食堂にも必ずチップスはメニューにある。さらに笑ってしまったのが、粘土で作るF&Cキットをおもちゃ屋で見つけたこと(ちゃんと型があり、それに微妙に色が違う黄土色の粘土でフライを形取る)。それだけこの国ではポピュラーなものなのだ。
 イギリス人はこのビネガー味が大好きで、クリスプス(ポテトチップス)の人気の味はソルト&ビネガーである。日本でのり塩とかじゃがバタ味が好まれるのとおなじように国民的な味なのだ。このソルト&ビネガーの匂いに食欲をそそられるようになったらあなたは十分イギリス人に近づいている。
F&Cを店内で食べるときはお皿に乗せてくれる。

 だいたいこういったF&Cはイギリス人が経営しているものは稀である。中国人がチャイニーズフードのテイクアウトと兼用している店、ギリシャ・トルコ系の人がケバブ屋と兼用しているケースが多い。それゆえあまり伝統的といえるF&Cのおいしい店にお目にかかったことがない。もちろん「シーシェル」などの老舗F&Cレストランもあり、ここはテイクアウトもできるが、テイクアウトにしては高いし、わざわざ出向かなくてはならない。ここはロンドンの政界人もベンツを飛ばして買いに来るというウワサのある店で、味は保証付なのだが。しかし、そこらの町中にあるF&C屋はやはりケバブかチャイニーズと一緒なのだ。それゆえ、本当の伝統的なイギリスのF&Cというのは実はテイクアウトの店では存在しないのである。中国人やトルコ人がついでにやっている店だから、そんなにおいしくないのだ。何の、そしていつのだかわからないアブラでギトギトに揚げてあるじゃが芋と魚。材料もシンプル、調理も揚げるだけ、たいした技術も設備いらないので、誰でもできちゃうものらしい。
 私のイギリスの友人たちも「不健康」という理由でそれほどF&Cを食べてなかったし(分別ある大人はヘルシー志向なのだ)、私自身あのギトギト感がいやであまり手をつけなかったのだが、あるとき、用事で行ったロンドンの西、エセックスのピーターズフィールズという駅のそばでF&C店との出会いで、私はF&C観を変えてしまった。ここはテイクアウトの店だが、店員はイギリス人のアルバイト、ちょっと制服もお洒落っぽく、人が並んでおり、人気の店らしい。調理場にいる親父もイギリス人のようだ。値段も手頃、魚とチップスを入れてくれた袋もきれいなデザインで藁番紙ではない。油が外に出ないよう内側がビニール張りになっていたりと芸が細かい。もしやここは、という期待が募る中、食べてみたところ、これがおいしい。香ばしくて、揚げた加減とか塩味とかもちょうど良く、私は今までのF&C観を一新した。
 それ以来ロンドンで日本人同志で交される情報を元に(イギリス人の味覚は当てにならないので、食は日本人に聞け!というのは鉄則)、いろいろ試してみたものの、テイクアウトの店でピーターズフィールドと同じ味の店には巡り会えなかった。その店は今や幻のF&C店となって、私の舌の記憶に刻まれている。


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