旅の始まりはバロックの都ドレスデンから
入口にゲーテとシラーが鎮座するザクセン州立歌劇場 ドレスデンでバレエを鑑賞する ドレスデンへのアクセス
そんなオペラ体験の経験を持つゲーテは、設計者の名を冠した「ゼンパー・オーパー」の愛称で知られるザクセン州立歌劇場の入口に鎮座し、劇場前の広場を見つめている。扉を挟んで座っているのが、相携えてドイツ古典文学を創造する盟友のフリードリッヒ・シラー。この彫刻を製作したのは、ドレスデン出身の彫刻家エルンスト・リッチェル(1804~1861)で、リッチェルは後にワイマールの国民劇場の前に立つゲーテとシラー記念像を製作(1857年)した。その原型となった像は、ドレスデンにあるアルベルティヌム美術館で観ることができる。
このザクセン州立歌劇場は、1841年4月13日にウェーバーの『歓喜の序曲』、ゲーテの戯曲『トルクァート・タッソー』で幕を開け、その後ワーグナーの『リエンツィ』(1842)や『さまよえるオランダ人』(1843)、そして『タンホイザー』(1845)が初演された劇場としても有名である。
17~18世紀からダンスが盛んだったドレスデン。カール・マリア・フォン・ウェーバーが芸術監督を務めた時代にバレエ・アンサンブルが誕生し、1920年代に最初の最盛期を迎えている。2006年には、バレエ監督としてカナダ出身のアーロン・S・ワトキン氏が就任し、伝統とモダニズムを融合した新たなスタイルを作り上げた。
2006年からこの春まで同劇場のバレエ団で、プリンシパルとして活躍していたのが竹島由美子さん。取材で訪れた日、劇場ではこの竹島さんの引退公演が行われた。演目は『ジゼル』。竹島さんをイメージして作られた、竹島さんのための作品だ。舞台の後でお話を伺ったところ、竹島さんはこの『ジゼル』でダンサーとしての生活に終止符を打ちたかったのだという。
舞台の冒頭では、竹島さんのこれまで活躍ぶりを集めた、懐かしい映像の数々が公開された。この前の週には、もう一人のロシア人のプリンシパルも劇場を去っている。
竹島由美子さんの引退により、同バレエ団に日本人のプリンシパルは不在となったが、カンパニーには他にも日本人ダンサーが数名所属している。少し時間はかかるかも知れないが、また日本人プリンシパルの誕生に期待したいところである。最後に、劇場内でのフード・ドリンクサービスは、ミシュラン1ッ星レストラン「ビーン・アンド・ベルーガ」が提供していることを付け加えておこう。
陸の玄関口となるドレスデン中央駅は、1892年から1897年にかけて市街地の南端に建造された鉄道駅。1945年の大空襲により、屋根の鋼鉄フレームを残して破壊されてしまい、近年では2006年の建都800周年に合わせ、イングランド出身の有名建築家ノーマン・フォスター卿の指揮による大改築が行われた。