永遠の魅力ーグルメ天国 中国の郷土料理
ここで述べようとするのは「中国の酒」のことで、香港の人達が好んで飲む酒のことでははない。
香港で最もポピュラーな酒は、なんと、フランスのブランデーである。香港は一人当たりのブランデーの消費量は世界一なのである。しばしば水で割って飲まれるが、香りも薄まり、もったいない話である。高価な輸入ブランデーが安く手に入る香港ならではのことであろう。
香港ではウイスキーはあまり好まれない。嘘か本当か、精力が減退するという。
中国料理にはワインも合い、ワイン党も多い。それも、中国産のワインではなく、欧州産のワインである。
私は、中国料理にはなんといっても「中国の酒」が一番だと思う。多彩な中国料理を受け入れる胃袋に少量の中国酒を流し込んで活を入れるもので、これにより新たな食欲が刺激されるというものである。
しかし、中国酒が合うからといって泥酔するほど深酒をしては、活をいれるどころではなく、酔った味感をもってしまっては、せっかくの中国料理の味もわからなくなる。
そればかりではない。中国では昔から酔いどれは嫌われる。次回から宴席の仲間に入れてもらえなくなるかもしれないのである。
ある日、私はドイツ人の友人を、強い中国の酒で<泥酔させて>しまったことがある。しかも、ペテンにかけてである。これはもう泥酔した本人よりも、だまして飲ませた私の方が数倍非難されてしかるべきなのである。
思い出すと、してやったりという愉快な気持ちも多少はあるが、『気の毒なことをした』と申し訳ない気持ちのほうが先に立つ。話はこうである。
私が香港観光協会の日本支局長であった頃、もう十数年も前の出来事である。
ドイツ局長にKというドイツ人がいて、特に親しくしていた。私は大学で第二外国語としてドイツ語を選択したのみならず、香港観光協会の前のアメリカン・エキスプレスに入社した当時、支配人はドイツ人であった。それも、英語が母国語になっているドイツ系のアメリカ人ではなく、旧ドイツ空軍のパイロットという生粋(?)のドイツ人であった。その彼と10年近くつきあった関係で、ドイツ人とかドイツ語には特別な親しみをもっていたのである。
局長会議などでKと香港で顔を合わせると、よく2人で飲み歩いたものである。私も相当いける口であったが、しかし、ドイツのケエーシュワッサーが特に好きだという彼の胃袋は、強い酒で鍛え上げられていて、私などはとても足下にも及ばなかった。
その頃、二人が香港で好んで飲んでいたのは、中国酒のマオトイ酒(茅台酒)である。後で説明するが、貴州省産の、白酒に属するアルコール度は55度以上という、強いお酒である。焼酎やジンのように一見すると水のようで色はない。私はそれを悪用して、私より数段強いKを完全に酔い潰してしまったのである。
ある年、局長会議の後で、香港本部の主だったスタッフと共に、約十人以上の各国の局長や責任者が、中国の広東に研修旅行をしたことがある。
一夕、豪華な宴席に招待された。その中には、もちろんKも含まれていた。みな思いおもいに席につく。
茅台酒がでた。思わずKの顔を探す。2つぐらい離れたテーブルにいた。お互いに好物茅台酒のビンを指さしながらニンマリする。料理のコースも進み、各テーブルにつき、一本の強い茅台酒もすごい早さで減っていく。
ふと見ると、Kのテーブルには酒飲みはいないのか、一人でビンを抱えて傾けている。それでも、視線を合わせると、お互いグラスを上げて、二人だけの乾杯を重ねる。
私のテーブルには飲兵衛が多く、やがてビンも空になる。彼の方は残量十分である。Kは相変わらずグラスを上げて挑戦する。ここで追加の茅台酒をもらうことは容易であったが、この時、私はフトいたずらを思いつくのである。
ウエイターを呼んで、なにがしかのチップを握らせ、空のビンに大急ぎで『水』をいれてもらう。急がなければならない。Kがまたグラスを上げて挑戦した時、こちらのテーブルに茅台酒のビンがないことに気がついたら怪しまれる。
入れる水の量も指示する。半分ぐらいのところを指差す。いっぱい入っていたら、これまた怪しまれる。ウエイターも心得たものである。私が何を企んでいるのか、すっかり見通している。 同じテーブルの連中も、私の計画に下手に笑ったりざわついたりせず、100%の協力態勢が出来上がっていた。
『水』がきた。ウエイターの行動も素早い。あとはKが挑戦するのを待つのみである。 Kが仕掛けてきた。「待ってました」という表情はできない。「またか」という顔で、しぶしぶ(という気持ちをいっぱいに表現しながら)グラスに『茅台酒』(水)を注ぎ込む。
ここで、『水』を飲んではいけない。なめるように、少しずつ、ゆっくり口に入れ、最後に口先をとんがらせてホーッと息を吐く。強い酒を飲んだとき、アルコールを早く揮発させようという無意識にするあのしぐさである。
一方、Kは一気に飲む。
しばらくして、今度はこちらから『水』で挑戦する。
こんなことを繰り返していると、彼は突然、「空のグラスで飲む真似だけしている!」と言い出した。Kはもう朦朧とし始めた自分の酔いを自覚している。自分より弱いはずの奴がシレッとしているのが不思議でたまらないのだ。『飲んでいないのではないか』と思い始めたのである。
これには、我がテーブルの全員が「確かに飲んでいる」と証言する。ただ、『水』を飲んでいる、とは言わなかっただけである。
私も立ち上がって、彼に良く見えるようにグラスに『水』を注ぐ。こんなやりとりがしばらく続く。
やがてKの体は異常に大きく揺れ始める。ブツブツと何かつぶやくながら、それでも執拗にグラスを上げて挑戦する。グラスは大きく揺れ、茅台酒(これは本物)が彼の手やテーブルを濡らす。これはもう、典型的な酔っぱらいのていらくである。
宴会が終わった時、彼は立てなかった。意識はしっかりしていたが、完全に足をとられて、まともには歩けなかったのである。
私は、チョットやり過ぎたか、と呵責の念がいっぱいで、大きな重いKに肩を貸し、ヨロヨロと車まで担ぐ羽目になったのは仕方がなかった。同じテーブルの2、3人も、私の悪巧みに協力した罪の意識からか、何かと手を貸してくれた。私の始めに飲んだ茅台酒の酔いはとっくに醒めていた。もっとも、水で薄めてそれほど酔いもしなかったのだが・・・。
翌朝、事実を聞かされたKは怒るかと思ったが、多分ひどい二日酔いのせいか、全く元気なく、ただ一言、「今度は、差しで勝負しよう」と言っただけである。
その後しばらくして、Kはニューヨークで自分の会社を興し、香港観光協会を辞めた。時々近況報告があったが、最近は音信不通で心配している。『差しの勝負』もまだやっていない。
さて、話を本筋にもどそう。
中国の酒には、黄酒、白酒、ワイン、ブランデー、ビールなど多くの種類がある。
有名な中国の酒に黄酒に属する『老酒』というのがあるが、これは米を原料に、麹を使って醸造したもので、この点では日本酒と同じである。
しかし、日本酒と違う点は、その名が示す通り、何年もカメに入れてねかすことことである。日本酒は新酒を飲むが、中国では、昔、女の子が生まれたら新酒を仕込み、その子が嫁入りする時に始めて封を開けて祝い酒とするということもあった程である。どれ程の期間ねかすのか想像できる。
揚子江の南の浙江省の紹興酒は銘酒の醸造に適した土地で、その酒造りの歴史は古く、唐宋時代に遡る。そこで造られる黄酒は特に芳酵で、『紹興酒』として広く知られている。アルコール度はそれほど強くなく、15ー20度で、味はマイルド。
黄酒は中国各地で造られ、多くの系列に分かれている。そのため、例えば一口に『老酒』といっても産地によって少しずつ風味が異なるのである。甘口の黄酒は室温で飲むのがよく、辛口は人肌ぐらいに燗をしたほうがよい。しかし、燗をしすぎると、酸味がでて味が落ちる。黄酒は透明な小さなグラスで飲むのがよい。美しい色合いも同時に楽しむことがでくるからである。
白酒の原料は、高梁、トウモロコシ、小麦などの穀物で、いたるところで造られるが、蒸留酒である。白酒の生産量は、黄酒よりもはるかに多い。醸造酒である黄酒の王者が淅江省の紹興産の『紹興酒』だとすると、一方の蒸留酒である白酒の横綱は何といっても貴州省産の『茅台酒』である。その香りは一種特有なもので、中国の何処で造られたものよりも貴州のものがよい。しかし、歴史は浅く、約200年ぐらいのものである。貴州産の茅台酒のラベルには必ず『貴州茅台酒』と誇らしげに銘打ってある。
五加皮という蒸留酒があるが、これは五加皮というウコギの皮や、その他、いろいろの薬剤を十数種も加えた薬用酒である。リューマチなどに効くというが、アルコール度は約40度前後で、リューマチの人も下戸の人はそのままではチョット飲めなかろう。冷水で薄めるしかない。
ほとんどの白酒はアルコール度50以上だから、スキッ腹にグイグイあおるのはよくない。どんなに強い人でも、先の話のKの二の舞になるから、要注意である。時間をかけて、脂肪分の多い肉料理などを食べながら、チビリチビリとやるのがよい。
香りを楽しむ酒だから、アルコール度が高いからといって、水で割るのは感心しない(薬用は別だが)。それは、丁度、ブランデーを水で割るのと同じである。ブランデーで思い出したが、白酒は飲むのにブランデー・グラスを使ったら、チョット乙だと思う。
中国でもワインやブランデーが造られている。ワインもブドウ酒だけではなく、さまざまな果実を原料にしたものがある。
また、酒に果実をつけこんだものもたくさんあるが、薬草をつけた、酒というより漢方薬といて使われるものも多い。人参酒などは、我々にも馴染みがあるが、中には虎の骨を漬け込んだ『虎骨酒』という強精薬用酒まである。試したことがないので、その効き目の程は何とも言えないが・・・。