永遠の魅力ーグルメ天国 中国の郷土料理
美食家中国人が長い年月をかけて、広大な中国大陸のそれぞれの地域で、先祖伝来の独特の料理法を受け継ぎながら完成させた「食」の極致ともいえる中国料理の数々は、現在香港の強力な観光誘致力となっている。
この、香港のかけがえのない「売り物」は1997年の中国への返還という政治的な大転換によって、どうなるのだろうか?
香港の魅力として今までどうり香港を訪れる観光客を楽しませ続けることができるのだろうか?
中国は、政治的には「一国両制」で、万事「五十年不変」といっているが、統治権は英国から中国に移り、英国の植民地香港は中国の香港になることは厳粛な事実なのである。 中華人民共和国香港特別行政区となる香港には大きな環境の変化がやってくる。これが将来の、香港そのものの観光にどのような影響をもたらすか気になる所ではあるが、私は何がどう変わっても、この、中国料理に代表される香港の「グルメ天国」だけは何時までも香港を訪れる最大の「お目当て」であり続けることは間違いないと確信しているのである。
ここで、こんな意見がでてくる。
『中国料理の本場は何といっても中国本土である筈だ。本物の味は香港よりも、むしろ中国にあるのではないか?
「食在香港」は所詮「食在広洲」の亜流であろうーーー』というのである。
また、『東京でも、サンフランシスコでも、横浜でも、神戸でも、今や世界中の何処の都市でも素晴らしい中国料理や、さまざまな世界の味が楽しめる。香港だけが「グルメ天国」だというのは聞こえないーーー』ともいう。
私は次の2点を挙げて香港の「グルメ天国」の天国たる所以について、もう少し補足することにする。
先ず第一に、香港にあるレストランなどの「食事処」の数は、名の通った一流の高級レストランから、気のおけない安値な店、それに揚げ物やスープなどを売る屋台まで、しかも一定の所から動かない「固定屋台」から、あちこち動きまわる「流動屋台」まで、その数は無数、至る所に「食事処」が存在している。
しかも、どの「食事処」でも、広東料理をだすところは広東料理だけ、四川料理の店は四川料理だけというように専門化していて、みなその地域の伝統的な味や料理法をかたくなに守っている。決して混じりあって「香港化」していないのである。香港には中国の本物の味があるのである。
もし、例えば、日本人の好みに合わせた、日本化した中国料理ように、中国の各地域の料理が混じりあって香港化したとしたら、魅力は半減するであろう。香港では本物の、しかも、地域別に異なる中国料理の食べ比べが簡単にできるのである。日本人にうける飲茶(ヤムチャ)などは中国よりも香港が本場である。
中国料理以外の世界の味についても同じことがいえる。多くの人種が集まる香港では、彼等の郷愁を慰めるために、それぞれの国のシェフ達が腕をふるっている。そんな本場の味が、よそ者のグルメ達まで歓ばせているのである。例を日本料理にとれば、日本から空輸された材料を優秀な板前さんが料理する本物の日本の味が、香港に住んでいる日本人はもちろん、日本通の香港の人達や、英国人、アメリカ人などのグルメをも満足させているのである。しかも、あの香港という狭い場所に中国各地の料理や世界の味が凝集していることは観光客にとっては非常な魅力である。時間をかけてあちこち動き回らないで食べ歩きができるからである。それは小さな器に入りきらないほどご馳走があふれているのに似ている。
世界広しといえども香港のように、バラエティ豊富な、しかも、質の高い本物を簡単に食べ比べできる「グルメ天国」は他にはないのではないかと思うのである。
次に、「食」を楽しませるサービスについても触れたい。香港の厳しい競争の荒波にもまれているレストランでの料理のプレゼンテーションとかサービスは、中国に比べ格段に洗練されていて、楽しく食べさせる工夫がこまやかである。最近は、中国でも観光客が多く訪れる所では、香港流の接遇を取り入れ、このようなサービス面での進歩も著しいが、一歩外にでると、皿はただ食べ物を入れる器で、テーブルはそれらの皿を置く台に過ぎない(たしかにその通りなのだがーーー)という発想が主流で、食べさせること以外の、例えば、食事を楽しませる雰囲気作りなどの心配りは不在で、万事が雑、別の表現では極端に素朴そのものである。
この香港と中国の違いにはそれなりの理由がある。それは先に述べた、レストラン間の競争である。
香港では家庭の外食が多く(最近ではだんだん減少の傾向にあるがーーー)休みの日でも家で家庭料理を楽しむより、家族揃ってレストランで食事する。ところが、レストランの数は極めて多く、競争も激しい訳で、美食家の香港の人達を満足させるための料理の質はもちろん、サービスにも大いに意を注がねばならなくなるのである。
不評をかったら、「うわさ好き」の香港の人達の間にアッという間に広まってしまう。下手をすると命取りになる。
一方、中国では外食は一般的ではない。家庭料理が支流である。あの宮廷料理も源は家庭料理であった。大体、レストラン料理にはなじみが薄いわけである。そのプレゼンテーションに後れをとるのは仕方のないことであろう。中国では「素朴な」家庭料理を旨とするのである。
さて、終わりにもう一つつけ加えたい。香港の中国料理は、料理技術の点でずば抜けたものがあるのは衆人の認めるところである。「食」のレベルが高いために世界の各地からグルメ達が香港に集まってくる。ところが、その、香港にやってくる大勢の、舌の肥えたグルメ達が、実は、陰に陽に香港の料理人達に目に見えないプレッシャーをかけ、さらに一層の研磨を強いていたのである。
いいかえれば、グルメ達が香港の「食」のレベルをどんどん引き上げていたともいえる。「グルメ天国」という名声は実は、なんと世界のグルメ達にも負うところ大であったのである。
「食」をお目当てとする香港観光が盛んになればなるほど、香港の「食」の魅力もますます高まるということになる。