「占いのメッカ香港」?
「占い」はすでに香港の数多い魅力の1つとして知られていた。
特に九龍のあの黄大仙寺院の「占い」は有名である。願い事を念じながら一心にシントン(籖筒)という筒を振り、最初に筒から飛び出した1本の棒状の「おみくじ」に運命をかけるのである。「おみくじ」はすぐ飛び出す時もあるが、何回振ってもなかなか出ないこともある。運命の神様もたまには決しかねることもあるのだろう。出ない時はより真剣に念じながら飛び出すまで何回でも筒を振る。不思議なことにポロリと飛び出す「おみくじ」は大抵1本で、2、3本一緒に落ちることはまずない。出る穴が小さいこともあろう。万一そうなったら少しでも先に抜け出たものが運命の「おみくじ」となる。
寺院のすぐ側には「おみくじ」の吉凶を占って解説してくれる約100人もの易者が小さなブースのような店を連ねている。彼等は「おみくじ」以外の手相。人相、骨相なども占ってくれる。中には英語を話す易者もいる。特別にその旨看板をだしているからすぐ分かる。
試しに2、3軒『占いのはしご』をしたことがあるが、運勢の占いはみな、殆ど同じだったので驚いた。もっとも易者によって言うことがみな違っていたら、「占い」そのものの信用がなくなるというものだ。
黄大仙寺院以外でも、九龍のテンプルストリート(廟街)は夜ともなると軒並み占いのスタンドで埋まり、いわば占い通りが出現する。
香港の「占い」に注目して気をつけて見てみると、「占い」は完全に生活に密着していて、切っても切れない関係にあるのがわかる。日常の生活のみならず、建物の向きや家相、地相、それに、例えば社長や重役の机の配置や向きまでも風水師に決めてもらわねば事が始まらない。
香港の「占い」にも星占術や、お遊びの小鳥を使った神鳥占卦などもある。
この際、香港のありとらゆる「占い」を掘り起こし、組織化し、観光向けに整理し、易者の協力のもとに旅行商品として売りやすいように工夫すれば、若い女性市場を始めとして日本での占い志向の市場は大きく、日本人が『大安』や『仏滅』、あるいは『友引』を気にしたり、何処かの人気易者の前に長い列ができる間は十分やれると思えたのである。
「占い」と一口でいうが、「占い」の対象となる事象の範囲は広く、また奥も深そうに見える。しかし、風水師に占ってもらう家相や地相、方位の吉凶などの場合を除けば、観光客が人相、手相などで、軽い気持ちで、または、殆ど好奇心だけで占ってもらいたいと思うことは大体きまっている。私はこの点に目をつけたのである。
複雑な要素がからむ特別な占いは別に個人的に時間をかけてやってもらうことにして、また、そのような場合、香港観光協会としても個々にいろいろお手伝いすることにして、当面の言葉の問題解決の対象は観光客として香港にやってくる『普通の占いファン』に限定することにした。この『普通の占いファン』が香港の占いに期待することは、結婚に関すること、相性とか恋愛相手のこと、自分や家族の健康のこと、怪我や事故の注意や失せ物のこと、生命運とか金銭運、転職の可否、適職、新規事業のこと、それに、強運の年・月、衰運とか凶運の年・月などなどにおおむね限られている。それらについての易断に加えて、もし、易者から特に言いたい、あるいは注意したい何かがあれば、それもついでに聞かせてくれれば、観光客は十分満足してくれるのではなかろうかと考えた。
試行錯誤の末、頭に浮かんだのが広東語と日本語との対照的表のようなものであった。会話ではなく、いわば文字によるコミュニケーションである。観光客が占ってもらいたいことを、また、易者がその観光客に伝えるべき占った結果を、ある程度集約して、しかし、できるだけ細かく広東語と日本語を並列させて印刷した対照表を作ることであった。観光客は特に占ってもらいたいところに○印をつけて易者に渡し、易者は占った結果をその該当するところに○印をつけて返す。観光客はその箇所に書かれている日本語を読んで理解するという訳である。
易者、観光客双方一言も言葉を交わす必要はない。その対照表には、もちろん、氏名、生年月日など易者が必要とするものは事前に記入しておく。対照表の下には適当な余白をもうけ、易者側から特に注意したいこととか、総括的な運勢判断などがある場合は、そのスペースを使って、できたら筆を使って、中国語で書いてもらう。易者が著名し、もっともらしく印鑑でも押してくれたらさらに結構というわけである。書かれた中国語は、文字からその意味するところを判断してもよいし、それが不可能な場合は、後に時間をかけて誰かにゆっくり説明してもらえばよいのでないか・・・と考えた。
この対照表の内容の試案は、まず、叩き台として1989年の2月頃、香港本部で一応完成したが、先に述べた通りテレサ・チャンのカナダ移民と私の日本局長引退により、この計画はそこまでで立ち消えになったのである。