「赤毛のアン大好き」は年代を超えて
もちろん世界の国々の言葉でこの本は発売されているから、アンのファンは幅広い。その中でも目立つのが日本からのファン。年間一万人にものぼる。
プリンスエドワード島といえば、日本からの西の入口バンクーバーから、トロント、ケベック、ハリファックスなどのいずれかの空港で乗り換えなければならない遠い島。夏の観光シーズン中だけすごい賑わいを見せるが、雪の降りはじめる秋から翌年の春のでは、ホテルからレストランや商店までドアを閉ざして、ひっそりとするのが今迄の例だった。
それが年々観光客が増え、夏だけに限らず、「クリスマスをアンと一緒に」「アンと一緒にパッチワーク作り」「アンとクッキーを焼き、ティーを楽しむ会」とか雪深いシーズンでも家の中でアンと一緒の企画を次々と打ち出され、訪れる人たちは年間を通してという、昔では考えられない広がりを見せている。
もっとも多いのは若い女性だが、新婚旅行のカップルも目立つ。これは女性の発言力が強いハネムーンの行き先決定の例からみて、新妻について新夫がついていったのであろう。
70代の男性から「旅仲間と一緒に『赤毛のアン』の故郷て行って来ました」という便りをいただいた。「妻が昔から愛読している赤毛のアンの島へ行きたいとかねてから言っていたので、思い切って行きました。思っていた通りのところ、よかったです」。
その仲間の1人は「孫を連れていきましたが『ミュージカル赤毛のアン』を見ているとき、英語だけのセリフで退屈するかと思っていたのにアクビ一つしないでしっかり見ているのに驚きました。彼女もアン・ファンです」。
村岡花子さんの名訳により、アンの魅力は多くの日本人の心に長い年月住み続けているのである。
アン・フアンの中で最も島の人達を感激させた女性は、長いこと夢見ながら旅立てなかったが、やっとツアーに参加して、毎日アンの家、アンの学校、アンの生みの親モンゴメリー夫人の墓を訪れているうち、感激のあまり失神してしまった。失神までさせてしまうアンの魅力!
ここに住む日本人は約60人。その人たちもアンのフアンとしてこの島に移り住んだのである。
20年も前のこと、カナダに移住を希望する人たちは国際協力事業団の研修センターで、カナダについての研修をして、それから旅立った。
時代は変わり、今はもう研修もないが、当時私は講師として彼らと接していた。最前列に座ってしっかりノートをとる若い女性が数人目立つときがあり、なぜカナダへ移住しようとするのか理由をきいたら、口を揃えて「アンが好きなんです。アンの好きだった素晴らしい島に住みたいのです」という。「あれは小説の世界でしょう」といっても、「それでもいいのです」と彼女らは旅立っていった。
その人たちとその後に続く人たちが、アンの島で日本から訪れるアン・ファンを迎え入れ、「私がアンを求めてこの島にきたように、今訪れる人にも絶対失望を与えてはいけない」と頑張っているのである。この受け入れ側の気持ちのある限り、プリンス・エドワード島を訪れる人は「失神」まではいかないものの、満ち足りた心で帰ってこられるのである。
年代を超えて、誰もがーー。