古くからの自然信仰が根付くラトビアを旅するなら、カントリーサイドでの<ルーラル体験>は外せない。バルト三国の中央に位置するこの小さな国では、首都のリガからほんの少し離れるだけで美しい田園風景に出会える。
今回はリガから車で1時間ほどでアクセスできる「ガウヤ国立公園」周辺の見どころと合わせて、ヴィゼメ地方の中心都市ツェースィスにほど近いカントリーハウス「カールリャムイジャ領主館」をご紹介しよう。
ラトビアの田園ツーリズム
ラトビア入りしてから3日目。この日は朝から初夏を思わせる眩い陽射しと青空が広がっていた。絶好のドライブ日和である。
道路交通網が良く整備されているラトビア国内の移動は、鉄道よりも車やバスが主流となる。秩序的なラトビアの人々。走行スピードも日本とほぼ同じで、交通マナーも良く、スピードを出し過ぎたり、無茶で乱暴な運転をする車はまず目にしない。日本とは逆の左ハンドルでも、運転はしやすい印象だ。
あえて注意点を挙げるとすれば、日本に比べて車線変更を頻繁にする車が多いこと。その際の車間距離は日本より狭い間隔で入ってくるので、横からの車には要注意。また、ラトビアでは車のエンジンをかけるとライトが自動的に点灯するようになっていて、明るい昼間でもライトをつけたまま走っている車が多いのも土地柄か。そんな日本とのちょっとした違いにも興味がそそられる。
最もラトビアらしい町スィグルダ
リガから東へ約53キロ、「ヴィゼメのスイス」と呼ばれるスィグルダは、手つかずの緑豊かな自然と美しい渓谷で知られる場所だ。ガウヤ国立公園の一部で、ラトビアの真の美しさを求める人には持ってこいのエリアである。
その歴史はラトビアの先住民であるフィン・ウゴル族(リヴォニアン)が入植した11世紀にまで遡り、トゥライダとクリムルダ史の中心でもあったこの地には、今なおリヴォニアの伝統や文化が色濃く残る。
目指すは、ガウヤ渓谷の端にあるリヴォニア騎士団の「スィグルダ城址」。ここは1207年に要塞として建てられ、その後修道院として再建された。
要塞は17世紀の大北方戦争で廃墟と化したが、現在は一部が整備され見学できるようになっている。中世の面影が薫る塔からは、13世紀の初頭に建造された「トゥライダ城」が一望できる。
トゥライダ城は、13世紀の初頭に建造されたゴシック様式の城で、リヴォニアの言葉で「神の庭」を意味する歴史保護地区にある。この保護区の敷地面積は42ヘクタール。赤レンガ色の城は現在、『ヨーロッパ・ミュージーアム・オブ・ザ・イヤー』にも選ばれたことのある博物館になっていて、ラトビアで最古の部類に数えられる木造教会もある。また、複数の自然遊歩道も整備されている。
スィグルダにはまた、バルト諸国で唯一となる渓谷を渡るケーブルカーがある。高さ42メートルの場所を移動しながら、古城や渓谷が見渡せる。
ラトビアのカントリーハウスに泊まる
19世紀の領主の館を改装したカントリーハウス「カールリャムイジャ」
スィグルダを離れ、ツェースィスにほど近い「カールリャムイジャ領主館」へとやって来た。
車を降りてまず目に飛び込んできたのは、見上げるほど大きなカラマツの木。その圧倒的な存在感に目が釘付けになる。
真っ青な空にサンサンと降り注ぐ太陽。そして、まぶしいばかりの新緑。腕を開き、北の大地にようやく訪れた美しい春を身体いっぱいに感じてみる。
この日の宿となる「カールリャムイジャ領主館」は、2007年1月にオープンしたカントリーハウスだ。
りんごの花が咲いたら春本番。カールリャムイジャ領主館の裏庭にあるりんごの樹にも、可愛らしい真っ白な花が咲いていた。
1840年代に建てられた領主の館を改装したカールリャムイジャ領主館には、10のゲストルームがある。この宿の売りは、何と言っても周辺を囲む豊かな自然。そして、地産地消の食事にある。
建物の1階部分にある「Joseph」という部屋に案内された。ここはツインとダブルの2室に居間とキッチンが付いたアパートメントタイプのゲストルーム。素朴なリネンとシンプルな内装が、ふわっとした温かさを感じさせる。
お風呂場にバスタブは見当たらないが、清潔でゆったりとしたサイズのシャワーブースは予想以上に使い勝手が良い。5月になっても朝晩は冷え込むラトビアだが、陽が沈むと暖房が入るので湯船に浸からずとも寒くはない。
残念ながら今回は利用する機会がなかったが、浴室には洗濯機もあるので長旅にはありがたい。
時計のないゲストルームは、「時間を忘れてゆったり過ごして欲しい」という宿主からのメッセージ。
部屋の窓から見えるのは、最初に目についたカラマツの木と、コウノトリの巣。ここでは秒針が時を刻む音ではなく、周囲を取り巻く自然の息吹が静かに響いてくる。その静寂を時折、エサ探しに出たつがいを呼ぶコウノトリの声が遮る。
夕食の時刻になり、ダイニングルームへと移動。ラトビアとしては少々遅めのディナーではあったが、まだ日没まで時間は十分ある。
窓から外の様子を伺いつつ、おつまみにイタリアのグリッシーニを太く、短くしたような硬いパンをいただきながら、地元産の黒ビール片手に料理を待つ。このビールメーカーの創業は1590年。日本は天正18年なので、なんと秀吉の時代から続く醸造所ということになるが、これがまた芳醇で実に美味である。
この日、用意されたディナーは3コースメニュー。ズッキーニのポタージュにはじまり、地元産ポークを使ったソテーの黄色野菜添え、そしてブラウニーへと続く。どれも見た目はシンプルだが、食材一つ一つの味わいが濃く、量的にも十分。ラトビアの食事は、当初の予想を超えた満足感がある。お腹だけでなく、自然と心まで満たされ、1日の疲れも一気に吹き飛ぶ感じだ。
ラトビアの森で遊ぶ
カールリャムイジャ領主館の周辺では、様々なアクティビティが楽しめる。近くの町ツェースィスまで移動して街歩きも楽しめるが、ここでのお勧めは何と言っても森でのハイキング。秋にはキノコ狩りもできるという。
ハイキングと言っても、コースは30分程度から4時間以上と様々。時間やそれぞれの体力に応じて自由に選べる。ということで、今回はピクニックランチ片手に2時間ほど、アマタ川沿いを散策することにしてみた。
ピクニック用のランチボックスは、あらかじめ予約の際にでもお願いしておくと宿で用意してもらえる。
手渡されたのは、ハムとチーズにレタスを挟んだ黒パンのサンドウィッチと、りんごや干しぶどうが入ったパンケーキ、そして丸ごとのりんご。「何時間くらい歩く?」と尋ねられて「2時間くらい」と答えたら、ドーンと500ミリ入りのミネラルウォーターを一緒に差しだされた。
日本と同じく、四季がハッキリしているラトビア。森の中を歩くと、四季折々の植物に出会える。中には日本人に馴染み深い木々や野花も。そう、春ならタンポポやヘビ苺の花も咲いている。とはいえ、森の中は地面までなかなか陽射しが届かないのか。同じタンポポでも背高ノッポが多い。
散策路の途中にカラフルな養蜂箱や、可愛らしいツリーハウスがあったりするのは、いかにもヨーロッパの森らしい光景だ。森に棲むおしゃべりな鳥たちの声も、心地良く耳をくすぐる。
都市を周遊する旅行の場合、移動手段はもっぱら鉄道やバスなどが主流となり、自分で意識しない限り街中以外で歩く機会は少ないもの。だが、単純な知識としてではなく、目や耳、そして嗅覚とともに、実は足の裏から得られる情報も多い。
これからの時代は、旅行先でも自然の中をたくさん歩いて、自らの足でその地形や感触を確かめながら、自らの中に潜む「動物力」を呼び覚ましてみるのはいかがだろうか。 ~ Go Rural!
次回は「エストニア・オニオンロードの旅」
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