ヘルシンキ発のICに乗っておよそ1時間。ヘルシンキの西にあるカリヤー(Karjaa)という小さな駅へとやって来た。ここはかつて隣国スウェーデンに統治された歴史を持ち、現在でもフィンランド語とスウェーデン語が公用語として併用されている、フィンランドでも珍しいエリアである。
フィンランドのマナーハウスに泊まる
駅から15分ほど車を走らせ、この日の宿「ムスティオン・リンナ」に到着した。
静寂な美しい英国式庭園に囲まれたこの「ムスティオン・リンナ」は、200年以上の歴史を持つ、フィンランドに残る数少ないマナーハウスの一つで、スウェーデン語では「スヴァルト・マナー」と呼ばれている。
このマナーハウスを所有するのは、鉄工で財を成したリンデル家。ロホヤで鉱山が発見され、スウェーデンがここにフィンランド初の製鉄所を建てたのは、1560年のことだった。
「フィンランド一の富豪」と謳われたリンデル家だったが、鉄工所は1940年に破綻。そして、マナーハウスも人手に渡ってしまったが、1985年になってリンデル家が買い戻し、10年かけて修復を行った。
現在、マナーの中心に位置する本宅は博物館として一般公開され、敷地内にあるその他の建物は、レストランを擁する宿泊施設となっている。
マナー博物館で往時の栄華を垣間見る
黄色い外壁が、周辺を囲む緑の木々と見事に調和した三層構造の邸宅が「マナー博物館」。ツアーの所要時間はおよそ45分。英語、独語、仏語、露語で催行されている。
1783年から1792年にかけて建造されたこの邸宅の内装は、新古典主義を基調にロココ調とグスタヴィアン様式を掛け合わせた作りになっていて、今ではフィンランドで当たり前となった二重のガラス窓を初めて採用したのは、この邸宅だった。フィンランドでは珍しい「だまし絵」の技法も見られる。
優美な模様が描かれているのは、200年前にスウェーデンで焼かれたタイルで装飾されたストーブ。寄せ木細工の床、グスタヴィアン様式の調度品の数々、さらにはグスタフ3世やロシア皇帝のアレクサンドル1世と2世が泊まった部屋やベッドも残され、往時の栄華を今に伝えている。
そうしたフィンランドでも華やかな歴史を持つ「ムスティオン・リンナ」は、5つの建物に計42室を擁し、マナーハウスとして宿泊できる。
今回用意いただいたのは、邸宅の横にある「エーデルフェルト」と呼ばれるエレガントな白い建物の1室だった。1840年に建築(1867年に増築)されたネオゴシック建築の建物で、部屋の窓からは本邸を囲むように造られた美しい英国式庭園が望める。
建物の内部も外観とマッチした、北欧らしいシンプル・エレガンス。真っ白な壁と自然光を取り入れたナチュラルな空間で、そこにモダンな北欧家具とリネンが配置された居心地の良い空間が広がっている。
「おいしいさ」の一歩先を体験
このムスティオン・リンナは宿泊もさることながら、「美食」でも定評のあるマナーハウスである。本邸の奥、かつて馬車置き場だった場所にある「スロッツスクロゲン」は、「田園レストラン」の国内コンテストでみごと1位を獲得したこともあるレストランで、ヘルシンキから日帰りで訪れるフィンランド人も後を絶たない。
このレストランの自慢は、地元の新鮮な旬の食材を繊細かつダイナミックアレンジした料理の数々。カジュアルな雰囲気ながら、本格的な創作料理を提供している。
食材は風車のある自家農場をはじめ、周辺の農家などから仕入れ、環境に優しい国フィンランドらしい地産地消やオーガニックに、トコトンこだわっている。見た目の美しさもさることながら、一つ一つの食材の味が濃く、そのおいしさに開眼する。
もちろん、提供されるパンも自家製。アレルギーなどがあれば、事前にお願いしておけばグルテンフリーなどにも対応してもらえる。
フィンランドは長年、こと「食」に関しては残念なイメージがつきまとっていた。そうした背景には厳しい自然環境に加え、自らの贅沢よりも環境に配慮し、自然の中で質素に暮らしを好むフィンランドの伝統的なライフスタイルなどが影響があった。正直に言えば、筆者自身もフィンランド料理をおいしいと感じたことはなかった。
ところが… である。今やそれも昔の話。スペインに始まったヨーロッパのモダンガストロノミー・ブームは瞬く間に北欧をも巻き込み、スペインから遠く離れたフィンランドにも到達した。
とはいえ、ここで体験できるのは「エル・ブジ」が新時代を築いたモダンガストロノミー(分子ガストロノミー)ではなく、地産地消とオーガニック、そして自然と伝統が調和した <デザインの国> らしいスタイリッシュなガストロノミー。誰もを笑顔にする、温かみのある美食の世界が広がっている。
そうしたフィンランドの急速な美食ブームを押し上げているのは女性たち。北欧社会の中でも早くから女性の社会進出がめざましいフィンランドだが、近年はさらに社会で活躍する女性が増加。それに伴い外食の機会も増え、味覚や食のセンスが磨かれているのだという。
「スロッツスクロゲン」では、フィンランドの伝統的な料理からインターナショナル料理まで豊富なアラカルトも提供しているが、コースの方も数を含め、好みに応じてアレンジしてくれるというので、「地産地消」に徹底した5コースをお任せでオーダーした。
物価の高さが気になる北欧だが、料理の質や量、サービス全体の内容をみても、お財布にフレンドリーな価格設定も高評価だ。
ムスティオの地ビールを味わう
レストランではローカルの食事との相性が良いワインも多数用意されているが、せっかくの機会なのでこちらもローカルにこだわり、地ビールにしてみた。選べるのは、香りの良いフィンランドスタイルのラガーと、芳醇で濃厚なダークエールの2種類。どちらも原材料はフルーツではなく地元産のホップを使った地ビール。日本ではまず味わえない、ここだけのビールである。
余談だが、このムスティオン・リンナでは秋(2020年は11月7日の予定)に「Not an Oktoberfest “coins”」というミニ・ビアフェストが行われ、ロホヤやフィスカルス、エスポーといった周辺の小さな醸造所のビールを試飲したり、ストリートフードやライブ音楽が楽しめるのだという。
フィンランドには知られているようで、まだまだ知られていない魅力が詰まっている。南フィンランド沿岸部では、そうしたローカル体験も旅の醍醐味となる。
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