ショッピングの魅力

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「24時間仕立て」の失敗

私の体験的ショッピング考



 一時期、スーツの『24時間仕立て』が話題になっていた。香港のテーラーの技術水準が高いことは事実で、生地の種類も多く、その上に安く、おまけに仕立て代も安いことも確かである。しかし、良いスーツを仕立てようと思ったら、テーラーに腕を発揮する十分な時間を与え、仮縫いも少なくとも2回はするのが常識である。それを24時間で仕立ててしまおうというのである。

 人々は魔術師のような優秀な香港のテーラーにして始めて可能なことであると思い込み感嘆する。それなりの、時に致命的な手抜きが避けられないとは考えようとしないのである。魔術師テーラーは、仮縫いを2回も3回もしたのと同じように、ピッタリとフィットした素晴らしいスーツを、たった24時間で仕立て上げてくれると信じ込み、香港観光の話の種にと面白がって誂えていた。

 香港観光協会も、その昔、一時期、『24時間仕立て』をショッピングの目玉にしていたきらいがある。私が1975年に香港観光協会に入って間もない頃、本部の幹部スタッフにすすめられてこの『24時間仕立て』を経験する羽目になる。
「香港独特の売り物だから、日本局長として1度その素晴らしい神業を身を以って経験しておくべきである」
というわけである。

 その幹部スタッフの手配で、1人のテーラーが生地見本を持ってホテルの部屋にやってくる。私は、時間は有り余っているのに、物好きにもわざわざ24時間という時間を区切って、慌てふためいてスーツを仕立てさせるということには全く気乗りはしなかったが、これも仕事の1つとなりゆきにまかせる。

 最初のつまずきは、生地選びである。気に入ったものが一つもないのである。始めから期待はしていないので、適当に1つの生地を指定する。殆ど、スタッフの「これが似合うと思いますヨ」という一言に、半分自棄気味に決めたようなものである。

 翌日、ピッタリ24時間後、テーラーは私の気のせいか眠そうな目をこすりながら注文したスーツをホテルに届けにやってきた。彼の仕事場とホテルの往復の時間を考えると、正味24時間はかかっていない。スーツは一見して粗悪な代物に見える。先入観からかもしれないが、とにもかくにも時間内に仕立てることだけが最優先された粗製品としか見えなかった。

 香港でそれを着用する機会もないままに日本に持ち帰ったが、私はそれを1度着ただけで2度と着る気がしなかったのである。なんとたった1度で型がくずれてしまったからである。日本局長として始めて経験した「香港独特の売り物」は本部スタッフの期待に反し、全く惨めな結果に終わったのは残念である。

 今日ではこの『24時間仕立て』は過去のものとなり、これを試みようとする人は殆んどいないのは幸いである。香港のテーラーの真価は、2、3回の仮縫いと、彼等の卓越した技術を十分に折り込める時間があってこそ発揮されるものなのである。私には、早縫い競争のような『24時間仕立て』は物好きなお遊びとしか思えない。


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