シシリアの旅
シシリアの旅 (その6)
アグリジェント
アグリジェントゲーテの泊った家にある 記念のレリーフ |
仕方なくバスでシャッカへ向かいました。シャッカでは降ったり止んだり。バス停に近い「地球の歩き方」に出ている「ラ・パロマ・ブランカ」というホテルで部屋を尋ねると、「シングルは満室で、ダブルは9万リラ」という返事が返ってきました。本にはシングル5万、ダブル8万となっています。私のボロボロの恰好を見て門前払いを喰わせたのでしょう。雨の中をインフォーメーションまで行く元気もなく、そのままバスを乗り継いでアグリジェントまで来ました。
アグリジェントにあるユノの神殿 |
セジェスタ、モティア、セリヌンテ、アグリジェントとほとんど毎日のようにギリシャやカルタゴの遺跡を見て、古代の遺跡の有難味が薄れる頃ですが、ここアグリジェントの神殿群の雄大さには圧倒されます。私の下手な言葉でこの素晴らしさを現すことはできないので先哲にご登場願います。
ゲーテは一番よく保存されているコンコルディア神殿について、「神殿は何百年の歳月に耐えてきた。その繊細な建築法は、優美と快適とに対するわれわれの尺度にすでに大分近くなっており、・・・・」と述べています。彼にとっては恐らくルネサンス期のパラーディオが理想の建築家だったのでしょう。ついでにゲーテの特徴は、教会建築についての記述がほとんどないことです。
アグリジェントにある カストルとボルックスの神殿 |
「これらのギリシャ建築を見て、まず第一に受けた印象は、その粛然とした感じである。この感じだけは、後の時代のどんな美しい建築にもないように思う。実に静かで、しんとしていて、そうして底力がある。これはおそらく他の時代の建築に見られないあの「単純さ」に起因するのかも知れない。もっともこの単純さというのは、内容が少なく、簡単だ、ということではない。豊かな内容を持っていながらそれに強い統一を与え、その結果結晶してくる単純さである。
この粛然とした感じを味わって、これに比べることのできるのは、むしろ唐招提寺の建築だと思う。ロマネスクのいい建築には厳粛さや力強さが認められるが、こんな粛然とした感じはない。ゴシックのいい建築にも神秘的な神聖さを感じさせるところはあるが、もっとはるかに熱情的で、こういう静かさを持たない。ルネッサンスのものはもっとにぎやかで、派手で、複雑である。そこへ行くと、唐招提寺の建築などに現われたあの魂の静かさは、かえってこれと通じるものがあるであろう。
・・・・木材と石材という材料の相違もなかなか重大なものである。木材は本来「生きもの」であったせいか、・・・・・材料に生き生きした感じを与える努力を、さほど必要としない。しかるに石材は、材料自身においていかにも死んだ感じのものである。・・・
ギリシャ建築を見て第二に受けた印象は、まさにこの点に関している。それは、石材を完全に征服して、生きたものにしている、ということであった。・・・・・」
アグリジェントの カテードラル |
海から一番離れ高いところが昔のアクロポリスの跡で、今ではその上にアグリジェントの町が建てられています。一番高いところにカテドラーレがありますが、内部は工事中でした。中に入っても誰も文句は言いません。しかし、ゲーテが詳しく述べている内部の品々をゆっくりと見る余裕はありませんでした。
街の目抜き通りのヴィア・アテネアにはゲーテが泊まった建物がそのままの姿で残っています。近くの見晴台からはゲーテが見下ろした神殿群が眼下に広がっています。
東から主だったものだけでもユノ神殿、コンコルディア神殿、ヘラクレス神殿、オリュンピアのゼウス神殿、カストルとポルクスの神殿が適当な距離を隔てて立ち並ぶ様は壮観です。ここは通称「神殿の谷」と呼ばれていますが、実際は海側から見れば、空高く聳え立つ神殿群です。
この神殿の谷の北端に、考古学博物館とそれに隣接するサン・ニコラ教会があります。博物館では、ゼウス神殿のテラモーネという人像柱の実物の大きさに圧倒されます。後世に教会として使用されていたため、コンコルディア神殿が比較的によく原型を保っています。
(2002年4月号)