オーストリアの田舎から

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オーストリアの田舎から(その2)

「もしきみが幸運にも
青年時代にパリに住んだとすれば
きみが残りの人生をどこで過そうとも
パリはきみについてまわる
なぜならパリは
移動祝祭日だからだ
       ――――ある友へ
アーネスト・へミングウエイ 1950年」



まだ雪の消えぬシュルンスの郊外

私はなぜシュルンスに来たのか


この文章ではじまる『移動祝祭日』は、最終章を「パリに終りなし」でしめくくっています。
それだけに読者の注意は、パリのへミングウエイに向けられてしまいます。
ここでもヘミングウエイは、得意の目くらましを読者に投げているのではないでしょうか。

「パリに終りなし」の舞台は、パリではありません。
幸せ一杯だったシュルンスの冬と、へミングウエイ自身が破滅の淵に引き込まれて行くパリとが、対照的に描かれています。

サン・アントンの”アルペンスキー世界選手権大会”会場風景

全篇を通じて(パリ生活の)当時最も親しかったはずのドス・パソスは現われず、最後で何と「パイロット・フィッシュ」として、全ての責任をなすりつけられています。
勿論、非は百パーセントへミングウエイにあるわけです。

へミングウエイのシュルンスでの雪の中のイメージは、その後のアフリカでの猛獣狩りに熱中し、またキーウエストやキューバでフィッシングに夢中になるヘミングウエイにつながって行くでしょう.

彼の屈折した人生は、ここシュルンスからはじまった。それだけに私はこの土地にじっくり腰を落ち着けて考えてみたかったのです。


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