オーストリアの田舎から

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オーストリアの田舎から(その3)

へミングウエイとシュルンスの街


ブルーデンツ駅でインターシティを
待つ旅行者の群
ここシュルンスの街は、「キリマンジャロの雪」にも現われます。

 「シュルンツでのクリスマスの日には、雪があまりに明るくて、ワイン酒場から外を見ると、目が痛かった。みんなが教会から家路につくさまが見えた。橇で踏み固められ、小便で黄色くなった川沿いの道を登っていったのは、あそこだった。川の両側には、松の密生した険しい丘があった。スキーの重さがずっしりと肩に食い込んでいた。・・・・」
 シュルンスの街もモンタフォンの谷も、今も昔の面影を残していました。

その直ぐ後にマドレーナー・ハウスの思い出が続きます。

 「・・・・そこで、マドレーナー・ハウスの上の雪渓から大滑降を楽しんだのだ。雪は、一見、ケーキの糖衣のようになめらかで、白粉のように軽かった。すさまじいスピードで音もなく雪上を滑り、鳥のように降下していったあの感覚を、彼はいまも覚えている。
 あのときは猛吹雪に襲われて、マドレーナー・ハウスの一週間閉じ込められてしまい、タバコの煙のたちこめるランタンの明りの下で、カードをしてすごした。・・・・」
 リフトがこの谷に何十基もできた今では、マドレーナー・ハウスは2月3日の土曜日までクローズしていました。山スキーの基地としてしか使えなくなったためでしょう。

”アルペンスキー世界選手権大会”で
賑わうサン・アントレの中心街
さらに文章は続きます。

 「フォーラールベルクやアールベルクでは、いくたびの冬をすごしただろう?そう、四たびだ。それで彼は思いだした。ブルーデンツまで、プレゼントを買いに歩いていったあのとき、狐を売っている男がいたのを。それと、上等なキルシュの、サクランボの種のような味や、凍りついた雪の上を、飛ぶように、すごい速さですべっていた粉雪。あのときは、“ハイ!ホー!とポリーは言ったぞ!”と歌いながら、険しいスロープの最後の直線をまっすぐに滑り降りていったっけ。・・・・」

この主人公をヘミングウエイ自身だと考えると、少し事実とは違ったところもあります。
「へミングウエイはフォーラールベルクでは二冬を過しただけだ。アールベルクではスキーをしていない」というのが地元の人たちの声でした。

ブルーデンツはブレゲンツからウイーンまでオーストリアを横断する特急列車インターシティの停車駅でここからMBSという支線がでており、その終点がシュルンスです。
シュルンスからブルーデンツまでが二十分、ここで乗り換えてアールベルクのサン・アントンまで一時間一分です。今回の私の滞在中にアルペン・スキーの世界選手権が開かれ、二度見物にサン・アントンを訪れました。

次回はこの地でのスキー生活についてご報告します。


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